高等部二年の夏期休暇
それから三週間が経過した。セレーネ達は、夏季休暇目前というところで、研究の中間レポートをミルズに提出していた。
「ふむ。フェリシアの研究は、あまり進んでいないな。だが、面白い事ではある。これが完成すれば、基礎魔術の一つとして数えられるかもしれないな。このまま続けていけ」
「はい」
ミルズは、フェリシアの研究についての評価を終え、次はユイの方を見る。
「ユイは、まだ粗が見えるが、順調に基礎化が出来ているな。次の学期には、普通に研究を始めて大丈夫だろう。夏季休暇の間に、何かしたい事を決めておけ」
「分かりました」
ユイの課題は順調に進んでいた。セレーネ達のアドバイスもあったので、ミルズの予想よりも遙かに早く進んでいる。ミルズは、セレーネがこの魔術を使っていたので、セレーネもアドバイスをどんどんしているのだろうと見抜いていたが、それ以上にユイがしっかりと理解しているというのもレポートから見て取れたので、大いに満足していた。
「セレーネの方はもう完成で良いのか?」
「う~ん……魔術結晶を使うのは難しいって分かったし、最適化もこれ以上は難しいから、完成になるのかな。結局、消費魔力はかなり多いままだけど。私は普段使い出来るくらいになってるけど、先生達は難しいでしょ?」
「そうだな。魔力圧縮に関しては、私達でも出来るが、この消費魔力で普段使いは厳しいな。そのための魔術結晶だったが、それも期待出来ないと。他の触媒も考えるべきかもしれないな」
「触媒……そっちの方面は、そこまで深く調べてなかったかも。後は、基礎魔術で魔力の消費を抑える方法とかないの?」
「無茶言いやがるな。基礎魔術という時点で、魔力を消費する事は変わりないからな」
「まぁ、そうだよね。このまま研究を続けても平気?」
「ああ。だが、他にもしたい研究があったら、そっちを優先しろ。その方がお前のためだ」
「うん。分かった」
【空間倉庫】の最適化は、セレーネの手で限界まで行われている。そのため、セレーネもこれ以上出来る事がなくなってしまっていた。それでも、セレーネはまだどうにか出来る可能性がないかと探っている。
そのまま続けても成果が出るとは限らない。なので、ミルズは次の研究を勧める。一つの研究に拘っていても、セレーネの視野が狭まるだけと判断したからだ。視野を広げれば、それだけ【空間倉庫】の最適化に繋がる何かを見つけやすくなる。
それをセレーネも承知しているため、素直に頷いた。
「それじゃあ、今日はもう帰って良いぞ」
「は~い。ユイ、ご飯食べに行こう」
「良いわよ」
セレーネはユイも誘って、学食で昼食を食べていた。メイやカノン達は傍に控えている。
「そうだ。夏季休暇中、ユイも遊びに行かない?」
「良いわよ。うちの領地に山があるから、そこに行く?」
「山って大丈夫なの? 魔物が出てこない?」
「来るわよ。まぁ、魔物除けもしてあるから、そこまでじゃないけどね」
「ふ~ん……お姉様も誘って良い?」
セレーネにとっては重要な確認だった。テレサも一緒に旅行に行けるかもしれないと言われているからだ。
「良いわよ」
「じゃあ、行く。フェリシアも良い?」
「ええ。良いわ」
「カノン」
セレーネはカノンにも確認を取る。こういうときには、基本的にカノンに確認するのが癖になっていた。
「大丈夫だとは思いますが、奥様に確認しておきます」
「うん!」
こうして夏季休暇の旅行先はルージュ公爵領にある山の別荘と決まった。その後は、詳しい日程を決めてから家に許可を貰うだけとなる。そうして夏季休暇が始まると、セレーネは、大量の論文に埋もれて部屋の中にいた。
旅行までの間は、特に何の予定も決めていないので、ゆっくりと研究をしたい内容がないか探る事にしていた。
「お嬢様。こちらの方は片付けてもよろしいですか?」
「うん……」
論文を読むことに夢中になっているセレーネは、ぼんやりと返事をする。カノンは、小さく息を吐いて本を片付けていく。
「にゃ~」
「ん? クロ?」
セレーネにクロが顔を押し付けるので、さすがにセレーネも気付いて本を閉じてクロを撫でる。
「にゃ~」
「遊んで欲しいそうですよ。少し運動されては如何でしょう。頭もリフレッシュ出来ると思いますよ」
「う~ん……そうしようかな。クロ、庭に行こうか」
「にゃ~」
セレーネはクロに乗って庭へと向かっていく。【空間倉庫】内で遊ぶという方法もあるが、色々とものを置いてあるので、普通に庭で遊ぶ方がクロも遊びやすかった。
セレーネが遊びに行っている間に、カノンはセレーネが読んでいた本を片付けていく。
(私の知らない本まである。マリアさんが持ってきたものかな。複合魔術の論文か……こっちは……複合魔術の基礎化……ここら辺は、中等部時代にも読んでいた論文だ。読み直して気付けるものがないかって事かな)
カノンは論文の内容順に本を片付けて、部屋の掃除を進めていく。
(ん? 亜人学? ああ、封印と眷属化の研究か。言ってしまえば、これがお嬢様の本命の研究だし、本格的にこっちの研究もしていくつもりかな。あっ、こっちは封印魔術の論文……このメモは……お嬢様の封印を調べたメモみたい。でも、全く解けていないって事ね。こっちは、眷属化の魔術を作れないかの検証か……こっちは触媒学の論文……あはは、お嬢様は、本当に色々なものに手を出してるなぁ)
セレーネが迷走している事に気付いたカノンは、内心苦笑いしていた。ここで口出しするのもセレーネのためにならないと判断したカノンは、見守る事に決めた。
すると、外の方で大きな音が聞こえてきた。
(嫌な予感……)
カノンが庭を見下ろすと、クロが塀にぶつかった跡が見えた。セレーネがぶつけた頭を撫でている。クロは特に痛がっている様子はなく撫でられて喜んでいた。
(ま~た、自分の身体の大きさを考えずに走り回ったなぁ。身体が頑丈な分、そういうところを考えないところがあるんだよね……後で説教しないと)
カノンがそう思っていると、マリアと外出から帰ってきたフェリシアがクロに怒っていた。クロが鳴いて返事をしながら頷いていた。
(フェリシア様が叱られたのなら、私からは良いか。クロも謝っているし)
その後は、フェリシアとマリアも一緒にセレーネ達と遊んでいた。その間に、カノンはセレーネの部屋の掃除を終わらせる。そうして、夏季休暇の一日が過ぎていった。だが、それはセレーネ達の普段の休日の過ごし方とほとんど変わりないものだった。




