謝罪と感謝
セレーネが起きたのは、キリル達救出部隊が到着して一時間が経過した後だった。ベッドで横になっていたセレーネの隣に下着姿のカノンが寝ていた。セレーネを助けた時に血塗れだった手も、今は綺麗になっていた。
(ミーシャちゃんかな? 私の服も変わってる……そうだ! あの人は?)
セレーネはカノンを起こさないようにベッドから降りて、部屋を出る。
「ここ……どこだろう?」
部屋もそうだが、部屋を出た先にある廊下もセレーネには見覚えのない場所だった。そのまま廊下を歩いて行くと、下の階に通じている階段から声が聞こえてきた。そこから下を覗くと、そこにはキリルとリーシア、ミーシャがいた。
知っている人がいるという事で安心したセレーネは階段を下る。その音で三人もセレーネに気付いた。キリルは、すぐにセレーネの元に移動して、目線を合わせるために膝を突く。
「お嬢。お身体は大丈夫で?」
「うん。ここは?」
「お嬢が捕まっていた屋敷でさぁ。念のため、夜が明けてから移動する事になってんで、まだ寝ていても大丈夫っすよ」
「うん。でも、今は眠くないから」
セレーネは、リーシアの元に来ると、その膝に乗った。リーシアは何も言わずにセレーネの身体に手を回して落ちないように固定する。セレーネの前にミーシャがカップを置く。
「紅茶です。カップは、こちらの持参ですので、お気になさらず使って下さい」
「ありがとう、ミーシャちゃん」
「ぶふっ……ミーシャちゃんですって……ちゃん付けなんて久しぶりじゃないかしら?」
ニコニコと笑うリーシアに、ミーシャは少しだけ耳を赤くしながら眉を寄せる。
「そんな事を言えば、リーシア様に関しては、ちゃん付けをされた事すらないでしょう。こちらは、リーシア様の分です」
そう言い返しながら、紅茶を注いだカップをもう一つ置く。。
「ありがとう。それで、キリルさん。周辺の様子はどんな感じですか?」
リーシアは、真面目な声になり、キリルに問い掛ける。それを受けて、キリルは姿勢を正す。元々キリルは報告をするために、ここにいたので、改めて話をしようとリーシアが切り出したのだ。
「現状、魔物の数はそこまで多くありません。常駐していた軍の騎士達でも問題はないでしょう。次いで、誘拐組織の残党に関してですが、我々の捜索では発見出来ず、リーシア様が倒して下さった獣人にて、ここに滞在していた者達は全て排除出来たものと考えられます。念のため、捜索範囲を広げてはいますが、結果としては同じものになるかと」
「そうですか……カノンさんが排除した方々の処分は?」
「首の切断後、身体は焼却しました。首の方は既に街の方に輸送しています。こちらにいた犯人達に関しても同様です。その他の被害者に関しては、輸送の準備が整い次第出発して貰います」
「分かりました。ご苦労様です」
キリルの報告を、お茶を飲みながら聞いていたセレーネは目を瞬かせながらキリルを見ていた。それに気付いたキリルは、セレーネと目を合せる。
「どうしやした?」
「いつものキリルじゃない」
真っ正面からそう言われたキリルは、思わずずっこけそうになっていた。そして、苦笑いしながら弁解する。
「お嬢。俺も真面目にする時はするんっすよ?」
「ふ~ん……そうだ。私と一緒に捕まってた女の人知らない?」
そう訊かれたキリルは、思わず硬い表情になってしまう。一緒に捕まっていた女性達は全員亡くなっている。それをどう伝えるべきか迷っていた。そこにリーシアが間に入る。
「その方々は亡くなりました」
「っ!?」
後ろから聞こえてきたその言葉に、セレーネは凍り付く。それを見てキリルは少し焦りを覚えるが、実際そう答えるしかないという考えに辿り着き、苦虫を噛み潰したような表情になりながら黙る。
「う……そ……でしょ?」
「いえ、本当の事です。あなたが殺された後、同じように四人も殺されました。セレーネに続いて反抗してきた事が気に食わなかったようですね。魔術と封魔の腕輪を無理矢理外した痕跡が残っていました」
「私が抵抗したから……それで皆が死んで……私は……」
「あの方々は、セレーネが真祖である事を知りません。なので、あなたが殺された時、彼女達は怒りを覚えたのでしょう。恐怖よりもセレーネが殺された事への怒りが上回ったのです」
「私が殺された事で、何で怒るの?」
リーシアの説明で、そこだけが理解出来ずに聞き返した。リーシアは、諭すようにセレーネに伝えていく。
「セレーネは、まだ子供です。彼女達から見れば娘よりも妹という方が近い年齢差ですが、それでもセレーネが子供と思うには十分です。子供が殺されるのを見て、恐怖よりも怒りを覚えるのは、よくある事です。あって欲しくはないですが」
「やっぱり……私のせい……」
「いえ、それは立派に戦った彼女達に失礼です。彼女達は、あなたのせいで亡くなったのではなく、あなたのために戦い命を落としたのです。そのまま息を潜めている事も出来たというのに。彼女達の勇気には敬意を払わなければなりません。謝罪だけではなく、しっかりと感謝を伝えましょう」
リーシアは、セレーネが感じる負い目を別のものに変化させようとしていた。リーシア自身、これはセレーネが負い目を感じる事ではないと考えている。リーシア自身が言ったように、牢の中で息を潜めていれば、女性達が死ぬ事はなかったはずだからだ。
それでも女性達は抵抗した。彼女達の選択の結果が死に繋がった。それは決して、セレーネのせいではない。それが、リーシアが出した答えだ。後は、セレーネが納得するかどうかだ。
「感謝……」
「今から言いに行きますか?」
「えっ……? うん」
「こちらです」
セレーネは、リーシアの案内で四人の遺体が並んでいる地下へと移動する。そこで、自分に声を掛けてくれた女性の姿も発見する。目に見える遺体の傷は一つもない。綺麗な姿のまま亡くなっていた。これはミーシャが遺体の傷を治して綺麗な姿に整えた結果だった。
セレーネは、女性達の傍に膝を突く。
「ごめんなさい……私が不用意に抵抗なんてしたから……あなたが、声を掛けてくれたから、不安が少し紛れたの。ちょっとだけ安心出来たの……ありがとう。よく知りもしない私を守ろうとしてくれて……ありがとう」
セレーネは涙混じりにお礼を伝える。その言葉を彼女達が聞く事はない。聞こえるはずもない。だが、それでもセレーネは謝罪をし、感謝を伝える。
(自己満足。そう言ってしまえばそれだけの事。ですが、これからを生きるセレーネには必要な事。あなた方には申し訳ありませんが、付き合って頂けると幸いです)
リーシアは、セレーネの後ろで黙祷を捧げていた。身勝手な考えへの謝罪も含めて。
一頻り泣いたセレーネは、涙を拭いて立ち上がる。そして、リーシアの元に歩いていった。
「もう良いのですか?」
「うん。これ以上泣いてたら、困らせちゃうから」
それを聞いたリーシアは、セレーネの頭を優しく撫でる。
「では、もう休みましょうか。明日の朝には、街へと戻りますから」
「うん」
リーシアに連れられて、セレーネはカノンが眠る部屋に戻る。カノンは、変わらず静かに寝息を立てている。セレーネが抜け出した事にも気付いていないようだった。それだけ疲れているという事だ。
セレーネは、カノンの隣に入り込む。そして、少し考えてからカノンにくっついて眠りについた。その際、一条の涙が流れる。だが、それに続いて涙が流れ続ける事はなかった。




