シローナ来訪
それから三週間が経過した。それぞれの研究と課題も少しずつ進んでいき、セレーネの研究も大詰めに入っていた。論文自体は、九割完成しているので、後は八割方完成している魔術陣の最適化を終えるだけだった。
休日も机に向かって、その作業をしているセレーネの耳に、廊下を走る音が聞こえてくる。
(クロかな。カノンが怒るからやらなくなったはずだけど)
そう思って、セレーネは背後を振り返る。すると、自分の椅子の後ろで丸くなっているクロに気付いた。
(クロじゃない。フェリシアなわけないし、マリアでもない。誰だろう?)
眷属の繋がりから、自分の眷属達ではないという事は分かっていた。それだけに、この音の正体がセレーネには全く分からなかった。足音は、セレーネの部屋の前で止まり、勢いよく扉が開く。
「やっほ~!! シローナちゃんが来たよ!!」
大きな声で登場したシローナは、呆然としているセレーネに突撃して抱き上げる。そして、その場でくるくる回り始めた。セレーネは、呆然としたままだった。
「あははは! 本当にセレーネちゃんは可愛いね! さすが、私と同じ血!」
「にゃ~」
「おっ? 君がクロかな? 可愛いね! そしてでかい!」
「にゃ~」
シローナから撫でられたクロは、嬉しそうに鳴いて、部屋の外に出ていった。
「あらら、行っちゃった。まぁ、猫は気まぐれって言うし、あんなものなのかな。あれ? そういえば、フェリシアちゃんとかは?」
「マリアと買い物。カノンは、洗濯中。シローナちゃんは、どうやって入って来たの?」
「ん? メイドさんに入れて貰ったよ。リーシアの娘のシローナが会いにきたって言ったら、入れてくれた」
「あぁ……そういえば、シローナちゃんが来るかもって言ってあったっけ」
セレーネは、自分がカノンに伝えるように頼んだ事をすっかりと忘れていた。シローナは正式に屋敷に入れて貰っているので、特に咎める点はない。廊下を走る事以外は。
「セレーネちゃんが遊びたいって言ってたって、お母さんから聞いたんだ。い~っぱい、遊んであげるからね!」
そう言って、シローナはセレーネを抱きしめる。そして、そのままベッドに転がった。セレーネは、シローナの腕の中にいたため、上に乗る形になった。
「えへへ、子供と遊ぶのは久しぶりだなぁ。何して遊ぶ? 最近の遊びは、あまり詳しくないから、色々と教えてくれると嬉しいな」
「うん。いっぱいあるよ」
セレーネは、シローナを引っ張り起こして、自分の遊び道具が詰まったタンスに連れて行く。そこから様々なボードゲームを取り出す。
「へぇ~、昔とは違ってこういうのが主流なんだ。ふ~ん……面白そうだね! それじゃあ、早速やろうか」
「うん!」
笑顔で頷くセレーネを、シローナは同じく笑顔で撫でる。
(可愛い。やっぱり妹は可愛くて良いなぁ。何か忘れている気がするけど、取り敢えず良っか!)
シローナは、セレーネと一緒にボードゲームで遊び始める。二人で楽しく遊んでいると、カノンが部屋に戻ってきた。
「お嬢様。部屋の外に荷物が……」
カノンは、セレーネと一緒にボードゲームをしているシローナを見て固まっていた。シローナが来る知らせは受け取っていなかったので、何故ここに居るのかという疑問が頭を巡っていたからだ。
カノンが来た事に気付いたシローナは、カノンに向かって手を振る。
「あ、カノンちゃん。お邪魔してま~す」
「あ、はい。いらっしゃいませ。すぐにお茶を用意して参ります」
「ありがとう。あっ! そうだ! カノンちゃんを見て思い出した!」
「何を?」
「プレゼント!」
シローナは、部屋を出て部屋の前に置いていた大きな鞄を中に入れる。先程、カノンがセレーネに訊こうとしていた荷物だ。
「よいっしょっと!」
シローナは、中から大きな釜を取りだした。鞄の大きさ的には、中に入るわけもないので、【空間拡張】が使われている事に、セレーネはすぐに気付いた。
「それって……」
「そう! ミーシャちゃんのお古の錬金釜だよ! 実験室が出来たって聞いたから、ミーシャちゃんが持っていけって。これの設置もしに来たんだよね。後は、お母さんの実験器具ね。魔術薬の研究もするの?」
「色々と出来る事が多い方が、選択肢が増えるから」
「そうだね。うん! セレーネちゃんは色々考えられて偉い!」
シローナは、セレーネの頭を撫でる。
「ふふん!」
褒められたセレーネは嬉しそうに胸を張る。それを見たシローナは、頭だけではなく頬に手を添えて揉んだ。
「あははは! それじゃあ、一緒に設置しに行こうか」
「うん!」
セレーネ達は、一旦ボードゲームを中断して、用意していた実験室に向かった。その実験室は、二部屋繋げた部屋で、かなりの広さがある。既に色々と実験に必要な設備のほとんどが置いてある。
「おぉ……最新式かな? ふ~ん……なるほどね。へぇ~……お母さんもそろそろ実験室を整えれば良いのに」
シローナは、実験室を一通り見て回ってから、錬金釜を置くコンロの前に立つ。
「さてと、こっちの仕組みまでは変わってないみたいだね。これなら、ミーシャちゃんのお古でも大丈夫だね。セレーネちゃん、こっちこっち」
セレーネは、手招きするシローナの横に来る。
「よく見ててね。釜を設置したら、コンロの方に刻まれている魔術陣と釜の魔術陣を繋げるの。錬金術用に調整されたコンロは、基本的に錬金釜と繋げる前提の魔術陣を刻んであるの。これを一体化させて、初めて錬金術に使用する錬金釜になるんだ」
「つまり、釜だけだと何も意味がないって事?」
「そういう事。錬金術は基本的に加熱を前提にしているからね。よし! これで大丈夫。錬金釜のここを触って魔力を流すと、下の火力が調整出来るからね。錬金釜の調子が悪いなって思ったら、この接続部分を確認してね。調整は、魔力でやれば良いからね」
「さっきのシローナちゃんみたいに?」
「うん。大正解。錬金釜はこれで良し! じゃあ、実験器具はどうする?」
「こちらの棚にお願いします」
「りょうか~い」
シローナは、カノンの指示に従って実験器具を仕舞っていく。その中には、魔力注入板もある。リーシアが用意してくれたものだ。それだけはどう見ても新品だった。
(リーシア様……これだけは新しいものを用意なされたみたい。お古の魔力注入板は、壊れていたって事かな)
カノンの考えは正しく、リーシアが過去に使っていたものは古すぎて壊れていたため、セレーネにプレゼントするわけにはいかないと考えたリーシアが新しく作ったものだった。
「さてと、これで全部かな。こっちは素材ね」
「うん! ありがとう!」
セレーネは受け取った素材を【空間倉庫】に仕舞う。初めて【空間倉庫】を見たシローナは、興味深そうに見ていた。
「へぇ~、それが研究成果なんだね?」
「うん。今は、魔術陣の最適化中なんだ」
「ああ、無駄を排除するって事ね。へぇ~、魔術の開発かぁ。凄いね」
「ふふん!」
褒められたセレーネは、やはり嬉しそうに胸を張る。そんなセレーネの頭をシローナが撫でる。その後、帰ってきたフェリシア達も合わせて、皆でボードゲームをして遊んでいった。




