フェリシアとカノン
学園の授業を受けながら、セレーネは多重魔術陣と別空間収納の研究を続けていた。その中で、フェリシアは、カノンを連れて、結界の研究を論文にしてミルズに提出しに来ていた。セレーネは、図書室でマリアと論文探しをしている。
ミルズは、椅子に寄り掛かりながら、フェリシアの論文を読んでいた。ミルズが論文を読み終わるまでの間に、フェリシアは、レイアーが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「ふむ。実証実験も済ませているんだな?」
「はい」
「なら、この問題点もその時に分かった事だな?」
「はい。レイアー先生が一緒に確認してくれました」
ミルズがレイアーを見ると、しっかりと頷く。これで、論文に書かれている内容が正しいという事が分かる。そうして、全ての内容を読み終わると、ミルズは論文を机に置く。
「そうか。なら、大丈夫だな。論文自体に問題はない。内容も申し分ない。これで提出とする。次の研究は決めているのか?」
「いえ、まだ具体的には決められていないです。やっぱり基礎からの発展で研究したいのですが、具体的には何も」
「そうか。まぁ、この論文だけで卒業に必要な論文は十分だ。ゆっくり考えれば良い」
「これだけで十分なのですか?」
フェリシアとしては、後一つ論文を書く必要があると思っていたので、これで卒業するには十分と言われて、少し驚いていた。
「まぁ、普通はこんなに急いで研究をしないからな。大体ある程度サボる。まぁ、三年掛けて、一定の成果を上げ続けておけば、普通に卒業出来るんだ。大体は遊ぶだろうな。中には、調べる内容が内容で、時間が掛かる事もあるがな。特に亜人学の研究は、それに当たる。亜人への取材とかで時間を取られる事になるからだ。他になると、戦闘魔術に関しては、一定の成果を出せる魔術でなければ、論文として認められない。そういう部分で、三年掛ける生徒は多いな」
本来であれば、高等部は初めての研究なので、研究のコツを掴むまでに時間が掛かるというのも理由の一つになる。それでも教師や先輩のサポートがあるため、ある程度形には出来るはずだった。
セレーネやフェリシアの場合、中等部時代にしっかりと研究をしていたので、研究に必要なものを揃える方法など、ある程度のノウハウを持っている事に加えて、カノン達大人の支援を受けられる事がかなり大きかった。
それでも、研究を程々にして遊びを優先する生徒はそこそこの数いる。ミルズは、何度もその姿を見ているので、認識的にそういう生徒が多いと感じていた。
「そうなんですね……取り敢えず、研究内容を考えてみます。思い付いたら、また相談しに来ます」
「ああ。あまり焦らないように」
「はい。失礼します」
フェリシアは、ミルズとレイアーに頭を下げてから、カノンを連れて研究室を後にする。セレーネの元に向かう中で、カノンがフェリシアに話し掛ける。
「未だ研究対象は見つかりませんか?」
「ええ。元々の回復魔術を研究しようかとも思ったけれど、あれはあれで打ち止め感が強いから、もっと別の事にしようと思ったのよ。このまま結界でも良いけど、特に研究すべき内容が思い付かないというのもあるわね。今の軟質結界に関する研究は、個人的にやるわ。今は、あそこから離れて思考をしたい気分なの」
「知識を広げるというのは良い事だと思います。そうなりますと、基礎から離れるのも手ですが?」
「基礎は続けたいのよね。基礎から離れるのは、アカデミーでやろうと思っているわ。今は基礎を主軸に勉強をしたいの」
セレーネ達のしている研究は、基礎魔術を元にして、少しずつ自分の求める形に整えるというものだった。進んでいけば、基礎から大きく離れる事になるが、基礎からの発展という点は変わっていないので、基礎魔術研究室に所属しながら研究を続けている。
専門的な研究室では、基礎魔術からではなく、既に存在する戦闘魔術などから派生させる事を中心に考えるため、基礎魔術から考えるセレーネ達は基礎魔術研究室の方が合っているというのもある。
「カノンさんは、亜人学の研究だったのよね?」
「はい。自分の事を知りたいという考えで研究していました。本などから情報を集め、あらゆる仮説がどの程度の信憑性を持っているのかなどを調べていました」
「確かに、それを考えるとかなり時間が掛かりそうな研究よね。私達みたいな魔術研究と違って、明確な成果が出にくいもなのだから」
魔術の研究では、自分の理論が正しいのか等は、実際に使ってみれば、すぐに答えが出て来る。だが、今聞いたカノンの研究内容からは、調べた内容の信憑性を調べて行くという明確に成果が出るか怪しいものだった。
その事から、フェリシアは、ミルズの言っていた事が正しいのだと感じていた。
「そうですね。なので、研究には時間が掛かりましたね。色々と勉強したい事も多かったですし、お金も稼がないといけませんでしたので」
「そう考えると、私達は恵まれているのよね。カノンさんが授業をしてくれるから、他の生徒の何倍もの速度で知識を増やす事が出来ているし、お金に関しても家が裕福だから問題がない。研究が進みやすくなるのも当然ね」
フェリシアの言う通り、セレーネとフェリシアは様々な面でカノン達よりも恵まれている。生まれの差とあらゆる面で知識を与えてくれるカノンの存在。更に、適宜サポートしてくれる大人。カノンの学生時代とは比べるまでもないだろう。
だが、これに対して、カノンは首を横に振る。
「お二人の意欲がなければ、研究は進みません。生まれや周囲の差は確かにありますが、一番重要な事は、フェリシア様とお嬢様自身にあります。フェリシア様とお嬢様が、自分達の意思で、研究を進めようと思わなければ、ここまで早く終わる事などなかったでしょう。結局研究が進む進まないは、当人次第なのです。生まれの差などは、研究が進む一歩の大きさに影響するだけです」
「……そうね。カノンさんの言うとおりだわ。結局、私達自身が研究をしたいと思う事自体が重要なのよね」
「その通りです。お嬢様の場合、研究が好きという事もありますが」
「ああ、確かに、セレーネは嬉しそうに苦しむものね」
研究に行き詰まっているセレーネは、頭を抱えながらも、どこかそれを楽しんでいる節を持っていた。自分の考えが間違っていると分かると、それを改善するために考え込み、何も思い付かなくなれば、フェリシアかカノンに甘えるか、クロかマリアと遊び始める。
ある意味で、研究をしっかりと楽しんでいるとも言えるとフェリシアは考えている。
「そういえば、スピカさんは、うちに来るのかしら?」
フェリシアは、研究の話からカノンに関する話に切り替えた。話題がなくなったからではなく、純粋にふと気になったからだった。
そして、何の迷いもなく、クリムソン別邸を自分の家と言った。それだけ、クリムソン別邸に馴染んでいるという証拠である。
「この前の休みに話し合いまして、一応、その方向で動く事にしたようです。ただ、今は新年に向けて教会が忙しく動く時ですので、早くても年明け後になるかと。日程が決まり次第報告しようと思っています」
「そう。なら、スピカさんの部屋は……カノンさんと同じ部屋になるのかしら?」
「どうでしょう? 私の部屋は使用人の部屋で、そこまで広くありませんので、別々の部屋になる可能性もあります」
「なら、広い部屋に変えれば良いわ。二人で住むのなら、そのくらいは必要だもの。セレーネも他の使用人の皆も文句はないわよ」
「ありがとうございます」
フェリシアが完全にクリムソン家に嫁いでいるような風格を出していたので、カノンは思わず小さく笑っていた。それを見て、フェリシアは首を傾げていたが、どういう事か訊くことはなかった。




