誘拐された先で
意識が浮上する。目を覚ました時、セレーネの視界に映ったのは、どこかの牢屋だった。
(何……ここ……?)
本で鉄格子の存在は知っているセレーネだったが、すぐに牢屋とは結びつける事が出来なかった。なので、自分が囚われているという事に気付いたのは、意識が段々とはっきりし始めた頃だ。
(私、何かを嗅がされて……カノン!)
最後に見た光景。それは、カノンが背中から刺された瞬間だった。周囲を見回してもカノンの姿はない。その代わり、カノンよりも少し若い女性が何人かが別の牢屋に入っているのが見えた。
その内、セレーネが入っている牢に一番近い牢に入っている女性がセレーネに気付いた。
「大丈夫?」
優しい声でセレーネに話し掛けてくる。セレーネは、自分の身体が問題なく動く事を確認してから頷く。
「ここはどこ?」
「ごめんね。私達も眠らされて連れて来られたから、ここがどこなのかは分からないの。でも、多分街の外だとは思うかな」
「何で?」
「ここにいる男達が話しているのが聞こえたの。また魔物が出たとかね。街中に魔物が現れる事はないから、街の外にあるどこかの家の地下だと思うよ」
「そうなんだ」
そんな話を聞きながら、セレーネは牢屋の外を見る。小さな牢屋が一本の廊下を挟んで向かい合わせになっている。その数は、ざっと十はある。ここを照らしているのは、廊下にぶら下がっている小さなランタンだけだ。なので、かなり薄暗い。
(カノン……)
不安になりつつも、何か出来る事はないか考え始める。
(相手が油断している状態なら、護身術も役に立つってキリルは言ってた。私が子供だから大抵は油断するとも。でも、それは一人相手ならの話。あの時少なくとも二人はいた。一人を倒しても、もう一人には勝てない。だから、護身術だけじゃ駄目。魔術を上手く利用する? でも、私が使えるのは【水球】だけ。形は大分作れるようになったけど……あっ、水を使えば……でも……それって……人を……)
そこまで考えて、セレーネは首を横に振る。そして、護身術を学んでいる時にキリルから教わった事を思い出す。
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『お嬢。もし模擬戦ではなく、本当の命の奪い合いをする事になったら、絶対に躊躇わないでくだせぇ』
『ためらわない?』
『絶対に相手を殺すって事っすね。お嬢が躊躇えば、それだけお嬢の命も危なくなる。相手に情を移して、自分が死ぬなんて事ないようにって事でさぁ』
『でも、私真祖だから、普通には死なないよ?』
『…………いや、それでも自分の命を粗末にするなって事でさぁ。もし、その時が来たら、躊躇わず相手の命を奪う。分かってください』
『う~ん……うん。分かった』
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(躊躇わない……そう。もしその時が来たなら、躊躇っちゃいけない。よし!)
覚悟を決めたセレーネは立ち上がり、改めて現状の把握をする。
(拘束はされてない。そんな事をしなくても大丈夫っていう自信かな? 壁は魔術で作られたのかな。継ぎ目が見たらない。一枚の岩みたい。脱出するには鉄格子をどうにかしないと……水魔術でどうにか出来ないかな……)
セレーネは鉄格子に触る。金属の冷たい感触がセレーネの手に伝わってくる。普通に壊す事は出来ないという事が分かる。
「無理だよ。人の手で鉄は壊せない」
正面にいる女性がそう言う。その声には諦めの感情が乗っているように聞こえていた。
「魔術は使えないの?」
「この腕輪見える?」
そう言って女性が右手を挙げる。そこには、黒く細い腕輪が着けられていた。
「これで魔力を使う事が出来ないの」
「壊せないの?」
「壊そうとして音を立てたら、上に気付かれちゃう。脱出しようなんて考えている事がバレたら、何をされるか……」
女性は硬く拳を握りしめていた。それを見て、セレーネは脱出出来ない理由があるのだと察した。
(脱出するなら、ここにいる人達全員を連れて行かないと。そのために必要なのは……戦力? この人達が腕輪を壊して戦えるようになれば……それにはきっかけが必要)
セレーネは、自分の手首を確認する。そこには、女性と同じような腕輪は存在しない。
(私が魔術を使えないと考えたのかな?)
セレーネからすれば浅はかと言えるが、通常セレーネほどの年齢で魔術を自由に使える者は、かなり少ない。そのため、そう言った対策が必要だと思われなかったのだ。
自分だけは魔術を使えるという状況をどう利用するか考えていると、セレーネの耳に足音が聞こえてきた。
「鉄格子から離れて……」
女性が小さな声でセレーネに言う。セレーネは大人しく言う事に従って鉄格子から離れた。そんなセレーネの牢屋の前にタンクトップの男が現れた。ごつくはないが、そこそこ鍛えているような身体付きをしている。
「ん? 何で起きてんだ? ったく、これだから安物は……」
「ここはどこ?」
「ああ?」
セレーネの質問に、タンクトップは顔を顰める。苛立ちではなく、セレーネを威圧していた。そうすれば黙るだろうと考えての事だった。だが、セレーネは、それを受け流す。
「ここはどこ?」
「はぁ……言う訳ねぇだろ」
「じゃあ、私をどうするの?」
「売るんだよ。外国の変わった趣味をした奴にな。お前みたいなガキに欲情するなんざ、気持ち悪ぃけどな」
「?」
どういう事か理解出来ず、セレーネは首を傾げる。それを見て、タンクトップはため息をつく。
「はぁ……ったく、取り敢えず、てめぇには、また寝ていて貰うぜ」
そう言って、布を取り出したタンクトップは、腰に着けていた鍵束から鍵を選んで、セレーネの牢の扉を開ける。
(ここで眠らされるわけにはいかない!)
セレーネは怯えた演技をしながら、一歩ずつ後ろに下がっていく。それを追ってタンクトップが手を伸ばしてきた。セレーネは、タンクトップの親指を逆手で掴み取り、そのまま手を回してタンクトップの腕を外側に回転させる。セレーネにそんな事をされると思っていなかったタンクトップは、あっさりと曲がらない方向に手を曲げられる。
「痛っ!? うごっ……ぼごっ……」
痛みによって顔を顰めたタンクトップに対して、セレーネは無詠唱で生み出した【水球】を口に突っ込む。
「ごっ……がっ……」
セレーネが操る【水球】は、タンクトップの喉を完全に塞いでいた。つまり、タンクトップは呼吸が出来ないという事だ。苦しんでいる間に、セレーネは、タンクトップの腰から鍵束を盗む。そして、牢屋から出て、正面の牢屋に飛びついた。
「えっと……どれだろう……」
セレーネは、鍵を鍵穴に入れて何とか扉を開けようとする。
「似たような形はない!?」
「わ、分からないよ! 全部似てるんだもん!」
大量の鍵の中から正解を見つけようとしているセレーネは、自分に近づいてくる足音に気付かなかった。
「っ! 危ない!! 逃げて!」
その呼び掛けで、セレーネは出入口があるであろう方向を向く。そこにはがっしりとした身体をした人族の男がいた。男は、迷いなくセレーネを蹴り飛ばした。セレーネは軽々と吹っ飛び、鉄格子と衝突する。
「はっ……かっ……」
蹴られた腹と打ち付けた背中と後頭部が激しく痛む。蹴られた衝撃で呼吸が出来ず、涙が溢れ出る。同時に喉を液体が駆け上がってくる事に気付く。鉄の味と匂いが口と鼻の中に充満し、セレーネはそれを解放する。
「おえっ……」
祭りで食べた物と一緒に吐血した。震える身体でセレーネは、男を睨む。男はそれを涼しげに受け流す。
「おいおい……一人殺してるじゃねぇか。ったくよぉ。人員補充も大変なんだぜ?」
男は、セレーネに近づくと、その首を掴んで持ち上げた。
「かっ……はっ……あっ……」
男によって首を絞められているセレーネは、苦しみ悶えていた。両手で男の手を掴んで引き剥がそうとするが、セレーネの力ではウンともスンとも言わない。先程は、相手が油断していたからこそ成功しただけだという事が分かる。
セレーネは、苦し紛れに【水球】を生み出して男の顔面にぶつける。相手も人である以上、呼吸が出来なければ死ぬしかない。だが、男に焦りは一切なかった。
男が取った行動は単純だ。首を絞めているセレーネを近くの壁にそのまま叩き付けた。魔術を使っている本人が魔術の制御を手放せば、発動している魔術は効力を失う。
壁に叩き付けられて、意識が朦朧とし始めたセレーネには【水球】を維持する事が出来ず、男の顔を覆っていた【水球】が地面に落ちていく。
「なるほどなぁ。魔術が使えたわけか。ガキだと思って油断していたぜ」
男はセレーネの首を絞める力を強くする。セレーネの身体から力が抜けていく。その様子を見て、男は弓なりに眼を細めて笑った。
「ハハハハッ!!」
そんな時、男の背後で金属が擦れるような音がした。気分の良いところで水を差された男は、顔を顰めながら背後を振り返る。すると、捕まっていた筈の女性がいた。蹴り飛ばされた際、セレーネは牢屋の鍵を落としていた。女性は、男の気がセレーネに集中している事を良い事に鍵を回収して扉を開けたのだ。
牢を出た女性は、近くにあった鉤を掴んで男の後頭部に向かって振り抜いた。
「ぐっ……」
男は咄嗟に空いている手を後頭部に当てて、直撃を避けた。
「クソ女が!」
男は、掴んでいたセレーネを女性に向かって投げつける。女性は鉤を落として、セレーネを受け止める。鉤を持ったままでは、セレーネをしっかりと受け止める事は出来ないと判断したからだ。
女性は、受け止めたセレーネに視線を落とす。セレーネは力なく倒れている。
「ちょっと! 起きて!」
女性は、セレーネを揺り動かすが、セレーネはされるがまま起きる事はなかった。
「はっ! そいつの首は折った。もう死んでんだよ。守るために行動したつもりかもしれねぇが、意味なかったな! 安心しろ。お前も同じ場所に送ってやるからよぉ!」
男は、女性が落とした鉤を拾い上げて、女性に向かって振り下ろす。女性は、セレーネの身体を庇うように覆い被さった。




