カノンの告白
ダンジョンから帰ってきたセレーネ達は、お風呂に入ってから宿のベッドで寝る。セレーネ達が寝ている間に、カノン、マリア、ルリナ、スピカが帰りの支度をしていた。
「こんなすぐに帰るの?」
自分達の荷物の整理をしながら、スピカがカノンに訊く。
「お嬢様も研究を進めたくてうずうずしているからね。早めに王都に戻って、研究を進めやすくしないといけないの。スピカも、そろそろ戻らないとでしょ?」
「まぁね。セレーネ様とフェリシア様のおかげで、魔術の色々な発想が出来たし、私も教会で研究するかな。どこかへの派遣がなければだけど」
「そろそろ新年になるし、派遣される可能性も低くはないって感じ?」
「うん。後は、病気の人とか負傷者が多いところとかね。ここら辺は、全部教会の裁量だから。また、しばらく会えないかもしれないね」
「二度と会えないわけじゃないし、また会えれば……」
そう言いながら、カノンの手が止まる。カノンの頭の中には、セレーネから言われている事が残っていた。自分とスピカが持つ時間は天と地の差がある。カノンは永遠に生きるが、スピカには寿命があるのだ。自分の想いに素直になる。セレーネを想う気持ちは常にある。主人としても一人の女性としてもセレーネの事は好きだ。
だが、それと同じくらいスピカへの愛が深まっている事も確かだった。眼が合うだけで微笑んでくれる。それに照れる程初心ではないが、心臓が跳ねるくらいには好きになっていた。
ナタリアほどの強引さになると、さすがのカノンも呆れの方が勝ってしまい恋愛感情を抱けなかった。だが、スピカは想いを伝えはしても、強要はしない。そうした控えめなところが、カノンには響いている。
(お嬢様に対するものとは違うけれど、それでもスピカと一緒にいたいという想いは胸の中にある。お嬢様とスピカ……お嬢様、申し訳ございません)
カノンは自分の気持ちに正直になるために、心の中で一度セレーネに謝罪した。謝罪する必要はないのだが、カノンなりのけじめというものだった。
「スピカ」
「何?」
カノンに名前を呼ばれて、スピカは手を止めて振り向く。
カノンは、スピカの視線を受けて、両手の指を合わせてもじもじとする。決心は付いたが、それを口にするのが難しいのだ。これがセレーネ相手であれば、すんなりと言葉も出ただろう。だが、スピカを前にして、カノンは言葉に詰まってしまっていた。それほどまでに、カノンの中でスピカが大きくなっている証拠だった。
いつの間にかと言うのが正しいのか、元々その気持ちが隠れていたのかは分からない。だが、カノンの中にスピカを想う気持ちがあるのは変わらない。
スピカは、もじもじとしているカノンを見て、何となくその心情を察していた。だからこそ、カノンが言葉を紡ぐのを待っていた。
「スピカが、前に私に告白してくれた事を覚えてる?」
「うん。今も気持ちは変わらないよ」
スピカは微笑みながらそう言う。その微笑みを受けてカノンは自分の胸が高鳴るのが分かった。それは、自分がスピカに恋をしている事の証明だった。
「私もよく考えてみたの。お嬢様への気持ちはある。でも、それ以上にスピカへの気持ちがあることに気付いたの。あの時、スピカが告白してくれたから気付いたのか、そこから芽生えたのかは分からない。ただ、一つだけ確かな事は言える。私もスピカが好きだよ」
そう言われて、スピカは小さく笑う。ただ、ここでカノンは少し申し訳ないような表情になる。
「ただ、私は眷属だから、スピカよりも遙かに長生きする。スピカの目的のためにも、スピカは眷属になる事は出来ない。だから、スピカと一緒に歳を取る事も死ぬ事も出来ないの」
「ん? うん。私も一緒に死んでとは言わないよ。カノンがセレーネ様を大事に想っている事も知ってる。だから、私にはカノンの人生のほんの一部を頂戴。お互いの職のせいで、一緒にいられる時間は、短くなると思うけど、それでも私が抱く愛は変わらないよ。その短い時間で、カノンの心に残るくらい幸せにしてあげる。だから、カノンも私を幸せにしてね」
「うん。絶対に」
二人は、どちらからともなく手を絡め合い、お互いの額をくっつけた。
カノンにとっては短い限られた時間。スピカにとっては死ぬまで続く長い時間。その期間を彩る幸せな日々の始まりだった。
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翌日。朝早く起こされたセレーネは、寝ぼけ眼を擦りながら洗面所に行き、歯磨きと洗顔を済ませる。交代でフェリシアが歯磨きと洗顔をしている間に、マリアが用意した外着に着替える。
「カノンは?」
「荷物の確認とか、それぞれの部屋の忘れ物はないかとか確認してるよ。朝ご飯は、魔動列車の中でね」
「ん~」
マリアは、セレーネが脱ぎ捨てる寝間着を回収して、綺麗に畳んでから鞄にしまっていく。フェリシアの服も同様に回収して、二人が使ったタオルを魔術で乾燥させてから仕舞っていった。そうして準備を整えたところで、カノンが入ってくる。
「おはようございます。お嬢様。フェリシア様」
「おはよう。カノンさん」
「おはよう、カノン」
セレーネはジッとカノンを見る。その視線に気付いて、カノンはセレーネと目線を合わせるために身を屈めた。そして、その額に手を当てる。セレーネに熱がある可能性を考えたからだ。
「どうかなさいましたか?」
「何か嬉しそうな感じがする。スピカに告白したの?」
とんでもないぶっ込み、フェリシアとマリアが目を剥く。本当なのかという事とこんな自分達がいるところで言って良い事なのかという二つの意味で驚いているのだ。
「はい」
普通に返事をしたカノンに、フェリシアとマリアは再び驚愕する。
「そっか。良かった。ちゃんと後悔しないようにね」
「はい」
困惑していたフェリシアとマリアだが、とにかく愛でたいことには変わりないと判断した。
「おめでとう。カノンさん。それじゃあ、この仕事も辞めてしまうの?」
フェリシアは、結婚を機に仕事を辞める例を聞いた事があるので、カノンもそうするのかと気になりそう訊いた。不安そうな目でセレーネはカノンを見る。その視線に気付いたカノンは、セレーネの頭を撫でる。
「いえ、辞めませんよ。もしかしたら、住み込みではなくなるかもしれませんが、その予定も現状はありません」
セレーネの目が安堵に変わったのを見て、カノンは微笑む。
「カノンの好きにして良いからね」
セレーネは、頭を乗せられているカノンの手に自分の手を重ねてそう言う。住み込みではなくともカノンは一緒に居てくれるという事が分かったからだ。寂しい気持ちはあるが、カノンの幸せと比べれば些細なもの。そして、自分が最愛のフェリシアと一緒に暮らしているというのもあり、好きな人とは一緒にいるべきだという考えがセレーネの中にあった。
「はい。そこはおいおい話し合っていきます。では、私は忘れ物がないか確認しますので」
「うん」
セレーネは、フェリシアの腕を取って部屋を出て行く。その後に荷物を持ったマリアが続き、忘れ物がないか確認したカノンも後を追っていった。そうして、荷物を全て持ったまま魔動列車の先頭車両へと乗り込む。
セレーネ達のダンジョン遠征は、大きな収穫を得て終わりを迎えた。トラブルも一つもなく終わり、セレーネ達は、安堵しながら王都へと帰還する。




