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 梅雨も深まってきた6月の中旬頃、その出来事は起こった。

 その日は朝から、大雨が降っていた。弓子は1日中、自分の部屋で本を読んでいた。

 それは、夕方に差し掛かった頃だった。


【プルルルル⋯⋯プルルルル⋯⋯】


 突然、弓子のスマートフォンが鳴った。弓子は何気なくスマートフォンの画面を見た。そこには、非通知という文字が表示されていた。時刻は、やはり16時41分だった。

「これ、もしかして⋯⋯」

 鼓動が激しくなるのを、弓子は感じた。弓子は、ただ小刻みに揺れ動くスマートフォンを、しばらく見つめていた。

「まさか、そんなはずはないわ」

 弓子はスマートフォンを手に取った。いつものように、非通知という文字だけが表示されている。


【プルルルル⋯⋯プルルルル⋯⋯】


 弓子は、恐る恐る通話のボタンに指を触れ、スマートフォンをそっと耳に当てた。

 スマートフォンの向こうからは、やはり誰からの声も聞こえなかった。以前に聞いた、水の流れる音が、かすかに聞こえている。

「どうなってるの? スマートフォンを変えたのに、なんでまた連絡が入るのよ⋯⋯」

 誰かのいたずらにしては、限度を超えている。弓子は、急に怖くなってきた。

 弓子は、慌ててスマートフォンの通話を切った。そして、そのスマートフォンを、近くのベッドに投げ捨てた。

「もう、いい加減にして! 一体、誰なのよ」

 その時だった。


【ピンポーン】


 急にインターホンが鳴った。弓子は、心臓が飛び出そうになった。

「びっくりした⋯⋯。誰かしら、こんな雨の日に」

 弓子は、インターホンのモニターの画面を見た。そこには薄暗く、ただ雨が降る光景のみが映し出されていた。

「どうして、誰も居ないのかしら」

 弓子は不思議に思い、通話ボタンを押した。

「はい、どなたでしょうか⋯⋯」

 弓子は、インターホンに向かって話しかけた。しかし、向こうからの反応は無かった。

 弓子は仕方なく、玄関の方に向かった。そして扉の覗き穴から、外を見た。やはり、誰も居なかった。弓子は恐る恐る、ドアノブに手をかけた。


【バタン】


 その時だった。隣の部屋の方から、扉が閉まる音が聞こえた。

 弓子は、驚いた。それと同時に、不審な気持ちが芽生えた。

「今の音って、隣の部屋からよね。たしか隣の部屋には、誰も居なかったはず⋯⋯」

 その音は、たしかに隣の部屋から聞こえてきた。なぜ、無人の部屋から扉の音がするのか。


 弓子は、思い切って玄関の扉を開けた。扉の向こうには、空がどんよりと暗く、そして雨が滝のように流れる光景が広がっていた。

「あの、誰ですか?」

 弓子は、廊下を見渡しながら言った。しかし、返ってくる言葉はなかった。

 弓子は、隣の部屋の方を眺めた。隣の部屋は、依然として静かだった。

 気のせい? いや、そんなはずはない。

 弓子は、確かに扉の閉まる音を隣の部屋から聞いた。

 気がつくと、弓子は自分の部屋から出ていた。そして、ゆっくりと隣の部屋の方へ足を進めていた。

 弓子は、隣の部屋の扉の前に立った。表札は、相変わらず傷が入っており、名前は書かれていなかった。

 弓子は、インターホンをゆっくり押した。部屋の中で、音が響いているのが聞こえた。

「あの⋯⋯、すみません。誰か居ませんか?」

 弓子は意を決して、扉に向かってそう声をかけた。扉の方からは、何の返事も返ってこなかった。

 弓子は、不意に扉のノブに手をかけていた。そして、ゆっくりと引いた。扉は、ギギッと音を立てながら、ゆっくりと開いた。

 部屋の中は、薄暗かった。電気はついておらず、奥の方から、うっすらとした青い光が見える。

 弓子は、部屋に1歩入ってみた。中は、埃っぽかった。玄関の扉を閉めると、部屋の中は、しんと静まり返った。外からの大雨の音が、かすかに聞こえている。弓子は、部屋の奥のリビングへと進んだ。家具は一切なく、殺風景だった。締め切られたレースから、群青色の光が透かして入ってきていた。

 弓子は、違和感を感じた。初めは、その違和感が何か、分からなかった。しかし、すぐに気づいた。リビングの床が、水浸しだったからだ。

「ちょっと⋯⋯! 何なのよ、この部屋⋯⋯」

 弓子は、部屋を見回した。リビングのちょうど真ん中の天井から、水が何度も滴り落ちてきている。床に広がった水は、少しずつ弓子の足元に近づいてきていた。

 弓子は、慌てて後ずさりした。


【プルルルル⋯⋯、プルルルル⋯⋯】


「きゃっ! 何!?」

 急に、弓子のスマートフォンが鳴り出した。

「何なのよ、急に」

 弓子は、テーブルの上で小刻みに震えるスマートフォンを眺めた。画面には【非通知】と表示されていた。

「いい加減にして! 誰からなのよ……」

 弓子は、恐る恐る通話ボタンを押した。そして、スマートフォンをゆっくり耳に押しあてた。


【ザァーー⋯⋯】


 電話の向こうからは、水の流れる音のみが聞こえてきた。

「ちょっと。あなた、誰なのよ! いたずら電話は、やめてちょうだい!」

 弓子は、強く言った。

 すると、電話の向こうから、水の激しく流れる音の後ろで、誰かが叫んでいるような声が、かすかに聞こえてきた。それは、女性のくぐもった声のように聞こえた。


『⋯⋯あなた、⋯⋯ちょうだい』


 弓子は怖くなった。恐怖で立っていられず、その場にへたり込んでしまった。

「もうやめて⋯⋯、お願い⋯⋯」

 床の水が、服に染み込んでくる。しかし、その冷たさを感じることができないほど、弓子は恐怖に支配されていた。


【ゴトッ⋯⋯】


 その時、後ろの浴室の方から物音が聞こえた。弓子は、動けなかった。まるで金縛りにあっているかのように、ただ、その場で震えているだけだった。


【ペタッ⋯⋯、ペタッ⋯⋯】


 弓子は、背後から何かが来るのを感じた。しかし、体が思うように動かない。背後からの音は、どんどんこちらに近づいてくる。

 弓子は、力を振り絞って、首を後ろに振り向かせた。

 そこには⋯⋯。


 全身が水で濡れた赤い服の少女が、こちらを見下げるように立っていた。


「いやぁーーー!!」

 





  

     *


 その後、女性の悲鳴を聞いた近隣の人の通報で、隣の部屋に警察が駆けつけた。警察がその部屋を調査すると、リビングのちょうど真ん中の天井裏に、白骨化した遺体が発見された。その遺体は、5年前にアパートの近くで失踪した少女のものであった。おそらく、誘拐した犯人が、浴室から天井裏に入って、少女を隠したのだという。遺体は水で濡れていたのか、ひどく腐乱した状態で、何年も放置されていたようであった。

 リビングの天井から水が滴り落ちてきていたのは、少女が自分の存在に気づいてほしかったからなのかもしれない。誰かがそんな事を言った。

 遺体の側には、少女のものと思われるスマートフォンが置かれていた。5年前に放置されたスマートフォンであるにも関わらず、なぜか電源が入っていた。そして、非通知の発信履歴が残っていた。その時刻は、16時41分だったという。


 事件のあった部屋の隣りに住んでいた女性は、遠くに引っ越したらしい⋯⋯。










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