悪役令嬢の娘の母親として転生したけれど、義実家全員から嫌われてる? だからって黙ってモブやってると思うなよ。私は娘のために全部ぶち壊すと決めたから
「……ここが、あの悪役令嬢の家か」
私、結城菜摘、三十八歳。日本で二人の子を育てながら働いていたけれど、過労死寸前で意識を失い、気づけば転生していた。しかも、乙女ゲーム『蒼薔薇の約束』の世界に。
だが問題はそこではない。この世界に来て、目覚めた私の立場は――
「悪役令嬢の"母親"!? しかも、既に死んでるはずの脇役モブ!? なんでよ!」
目の前に広がるのは、貴族の館。義実家の本邸。私は既に亡くなったはずの「マティルダ・フォン・ラングレイ」として転生してしまった。しかも、娘である“悪役令嬢”クラリッサは、攻略対象から嫌われ、最終的に国外追放というバッドエンドが定められている。
なんという、運命の悪意。
「でも、母親として――私はあの子の未来を守る!」
* * *
ラングレイ侯爵家の屋敷は、とにかく息が詰まるほどに冷たい空気に満ちていた。目の前の長テーブルでは、義父・義母、そして夫のレオンが黙々と食事をしている。
私は軽く会釈をして席に着いた。
「遅かったな、マティルダ。躾がなっていない」
「すみません、クラリッサの髪を整えていました」
「どうせ悪目立ちするだけのあの子に手間をかけたところで無駄でしょうに」
義母のヒルデガルドの言葉は、容赦がなかった。
そして夫――レオンは何も言わない。娘を守る言葉すら、彼の口からは一度も出たことがない。
(この家、全員毒親じゃん……!)
私は心の中でツッコミを入れつつ、にこりと微笑んだ。
「では、教育係を替えさせていただきますわ。無駄な子供に、無駄な教育を与えることこそ無駄の極み。そうおっしゃりたいのですよね?」
「な……!」
義母の顔が引きつる。よし、いい感じに毒を返せた。
「私はクラリッサの母親です。無駄かどうか、決めるのは私ですわ」
* * *
娘のクラリッサは、十四歳。ゲームでは悪役令嬢として主人公の邪魔をする役だが、現実の彼女は内気で、周囲に溶け込めずに孤立している。
「お母様……ごめんなさい、私、また……」
「クラリッサ、謝らなくていい。あなたは悪くない」
私は娘を抱きしめた。怯えた子犬のように震える小さな背中を、ゆっくり撫でる。
(あのクソ攻略対象ども……娘を泣かせてんじゃないわよ……!)
私は過去の記憶を総動員し、クラリッサの未来を変えるための計画を立てた。
まずは情報操作。そして……王宮への根回しだ。
* * *
数週間後。
「……クラリッサ様、最近変わられましたね」
「ええ、なんだか落ち着いていて、品があって……」
「私、あの方のファンクラブ入ったの!」
学園で、クラリッサに対する評価が変わっていた。私が手を打ったのだ。お抱えの使用人に、舞踏やマナーの特訓をさせ、さらに噂好きな令嬢たちに彼女を持ち上げるよう手紙を送り、報酬も与えた。
「“悪役令嬢”だなんて誰が言ったのかしら。ラングレイ家の令嬢は優雅で、高貴で……まさに公爵妃候補だわ」
令嬢たちはしたたかだ。流れに乗るのが上手い。だから流れを作った。私が、母親として。
* * *
「レオン様、あなたにはもう我慢しません」
「な、なに?」
久々に夫に直談判を申し入れた。執務室の中、私は彼の机に書類を叩きつけた。
「これは何だ?」
「……クラリッサを辺境伯に嫁がせる話だ」
「まだ十四の子を、そんな政治の道具に? おかしいと思わないの?」
「貴族とはそういうものだ。感情で動いては――」
「ならあなたも政治の道具になってもらいましょう。ラングレイ家を売り払って、娘を守るための資金に換えます」
「お、おまえ……正気か!」
「ええ、母親ですから。娘を守るためなら、夫でも切り捨てますわ」
私の眼光に気圧されたのか、レオンは絶句して座り込んだ。
* * *
そして、物語の“運命の舞踏会”の日がやってくる。
本来なら、ここでクラリッサが主人公に嫌がらせをし、王太子に嫌われて国外追放になる予定――だった。
だが、違った。
「クラリッサ様、素敵なお姿ですわ!」
「王太子殿下も釘付けですね……!」
真紅のドレスを纏ったクラリッサが、誰よりも優雅に舞踏会に登場した。彼女を支える新設立の“ラングレイ家女子教育団”のバックアップ。使用人、教師、仕立て屋まで総動員したチームクラリッサの成果だ。
そして、王太子が彼女に手を差し伸べる。
「クラリッサ嬢、踊っていただけますか?」
クラリッサは一瞬、私の方を見る。
私は微笑んで、うなずいた。
「はい、喜んで」
クラリッサは、運命を変えた。
もう“悪役令嬢”ではない。誰よりも美しく、優しく、気高い令嬢へと――。
* * *
舞踏会の夜、クラリッサは私の胸に飛び込んできた。
「お母様……ありがとう……私、幸せです」
「私こそ……ごめんね、今まで何もしてあげられなくて」
「そんなこと……ないです。私、お母様がいてくれてよかった……」
私は、涙をこらえきれなかった。
この涙は、悔しさでも、悲しさでもない。
ただ、愛する娘の未来が光に包まれたことへの、安堵だった。
――たとえ私はモブでも。
娘の人生を変える最強の“母親”として、これからも何度だって立ち上がる。
そう、これは――
「悪役令嬢の娘の母親という、圧倒的なモブポジションに転生したけれど、世界すらひっくり返す最強ママの物語」である。