表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

木洩れ日の約束

春になり、風がやわらかくなってきたころ。

詩織は、教室の隅にいる転校生に目が止まった。


とおるという名前のその少年は、ほとんど誰とも話さなかった。

先生に話を振られても、うなずくだけ。

誰かが話しかけても、軽く首を横に振る。


だけど、詩織にはわかった。

透のまわりに、風が止まっていた。


「……ねえ、木ってさ、話すの知ってる?」


放課後、教室にふたりきりになったとき、詩織はぽつりと声をかけた。


透は、驚いたように彼女を見つめた。


「風が吹くと、葉っぱが揺れて、木が話すの。

“ここにいるよ”って。静かだけど、たしかにそう言ってる気がするの」


透は少しだけ眉を動かし、ノートに何かを書いた。


『きこえたことある』


その字は、震えていたけれど、まっすぐだった。


詩織は、そっと微笑んだ。


「わたし、ずっと“何もない自分”だと思ってた。

でもね、ただそこにいて、誰かの風を感じるだけでも、

何かが届くことがあるって知ったの」


透は、少しだけ目を伏せ、そしてもう一言書いた。


『君の声も、風みたいだった』


その瞬間、教室の窓からやさしい風が吹いた。


カーテンが揺れて、日差しが二人を包む。


「ありがとう」


透の声は小さく、けれど確かに風の中で響いていた。



それから詩織は、少しずつ誰かに声をかけるようになった。

何を言うかではなく、**“言葉が風のように届けばいい”**と信じられるようになったから。


透は笑うようになり、言葉を少しずつ紡ぎ始めた。


詩織の中には、もう「空っぽの自分」はいなかった。

風が吹けば思い出す。あの少年と、あの静かなやさしさを。


それが、わたしの役割。

きっとまだ名前のない、小さな風のようなもの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ