風のなかの役割
「なんのために生まれてきたんだろうね」
詩織は、ひとりで風の強い公園にいた。誰もいないベンチに座りながら、落ち葉がくるくると舞うのを見つめていた。
学校では「ちゃんとしてる子」と言われ、家では「いい子ね」と褒められる。
でも、心の奥ではずっと空っぽだった。
「私がいなくても、誰も困らないと思うんだ」
その声に、どこからか返事が来た。
「それでも、君がいると風の流れが変わるよ」
詩織ははっとして顔を上げた。
ブランコのそばに、白い服を着た少年が立っていた。どこか風のような気配をまとったその少年は、静かに笑っていた。
「…誰?」
「風の観察者。名前はもう忘れたよ。君は?」
「詩織」
「いい名前だね。風に似合ってる」
詩織は照れくさそうに目をそらした。
「私、役に立たないんだ。何もない。何もできない」
少年はベンチの端に腰かけ、空を見上げた。
「風は、誰の役にも立ってないように見えるけど、なくなったら世界はすぐに変わるよ。雲も動かないし、木も話さなくなる。人のこころも、きっと閉じてしまう」
「……」
「君が今日、ここに座って、空を見て、風の音を聴いたこと。
それだけで、風は“話しかけてよかった”って思ってるよ」
詩織はふと、胸の奥があたたかくなるのを感じた。
「じゃあ、私の役割って…」
「君が“感じる”こと。君が“そこにいる”こと。
それが誰かにとって、何よりの贈り物になることもある」
「……贈り物?」
「そう。風にとっても、たぶん僕にとっても」
その言葉を聞いた瞬間、詩織の頬に、やさしい風が吹いた。
ふと横を見ると、少年はもういなかった。
⸻
それから詩織は、公園に来るたび、風に話しかけるようになった。
誰かの役に立たなくても、うまくできなくてもいい。
わたしがわたしとして、ただ感じ、生きていること。
それが、きっと――**“わたしの役割”**なのだと。