夢の見る『夢』のゆくえ
幼馴染のマモル君は、いつでも私の後をついて歩いた。小学生になっても変わらず鳥のヒナのように、ぴょこぴょこついてきた。
頼りにされるのは嬉しいしマモル君は、くりんとした黒目も、ふわふわ癖毛もお人形みたいに可愛い。半年だけとはいえ私の方がお姉さんだからなんて思いながら、ちょっぴり大人ぶったりなんかしてマモル君の世話をやいた。そんな私達を、周りの大人たちも微笑ましそうに見ていた。
◇
「マモル君、もうすぐ私達は中学生なんだから、それぞれの友達を作った方がいいと思うの」
小学校の卒業式が終わって、マモル君の家族と私の家族で、卒業祝いの夕食会をした後の別れ際、相変わらず私の後ろをついて歩くマモル君を振り返って告げる。
「うん。分かった。でもなんで突然? 理由、聞いてもいい?」
本当は内緒にしたかった。けど聞かれたのに黙ってるのは変な気がした。
「私ね。友達とアイドルオーディション受けたんだ。それでね二人共、合格したの」
「夢お姉ちゃん、アイドルになるの?」
「うん! 私の”夢”なの! その友達とユニットを組んでアイドルになるの。でね学校が終わった後にレッスンがあって、マモル君とは会えなくなるんだ」
マネージャーに、恋愛禁止と言われてしまったのだ。幼馴染だったとしても、男の子と一緒にいるのはマズイとかなんとか……。周りが騒いでも私は気にしないって伝えたけど駄目だった。
「……夢お姉ちゃん可愛いから人気出ちゃうね」
少し肩を震わせ驚いた顔をしてから、マモル君は目をふせて俯いた。いつでも一緒に、それこそ両親といるよりも長い時間を共に過ごしてきたから、私も寂しく感じた。
「応援してくれる?」
「もちろんだよ。アイドルになっても、夢ちゃんはボクの自慢のお姉ちゃんだからね!」
「マモル君ありがとう!」
私がいつものように、マモル君の頭をくしゃりと撫でる。マモル君は嬉しそうに顔を綻ばせた。
◇
上京して寮に入って、中学、高校も通った。放課後はライブとか握手会で地方を飛び回る。忙しすぎる毎日。
それこそマネージャーの顔さえ、まともに見ることができないくらいの忙しさ。
だからマモル君がいない寂しさも感じる暇もなく、次第に”一人でいる事”にも慣れていった。
たまに会うマネージャーは帽子を目深に被り、目線すら合わない。
もしかしたら言葉すら交わしたことが無かったかもしれない。けどやるべき仕事は無言で黙々とこなす。
有能だけど影が薄い。
マネージャーの顔だけじゃなく、声さえ知らないのは忙しいからだって、深く考えもしなかった。
いや、違和感を感じないように、ただ忙しいと思い込もうとしてただけなのかもしれない?
◇
「ついに大きなステージに立てるのね!」
スポットライトに反射して、キラキラ輝くビーズが散りばめられたピンクの可愛い衣装をヒラヒラさせて、ステージの上を同系色のヒールをコツコツ鳴らし歩く。目の前には数えきれない程の客席が並ぶ。
憧れのステージに立つと同時に、私の足元に”影”が無いことに気がついてしまった。
更に言えば観客は、一人もいない。
「”夢”を見る”夢お姉ちゃん”は大好き」
突然、響いた声に、振り返るとマネージャーが立っている。
「その声! まさか!?」
マネージャーは、被っていた帽子を脱ぎ床に放った。
顔が露わになる。
成長はしてるけど、私のよく知った顔。
「でもね。ボクを見ない”夢お姉ちゃん”は大嫌い」
「マモル君!!」
一歩、一歩、マモル君は、近づいてくる。
———遠くから、けたたましいサイレンの音が、近づいてくる。
「だから”夢”ごと”夢お姉ちゃん”の全部ボクが貰ったんだよ」
マモル君は、ふわりと私を抱きしめた。
瞬間、忘れて、いや、忘れるようにマモル君が私に暗示をかけた記憶がホドカレテいく。
そうだった。
私は中学の入学式のあと、初めてスタジオでレッスンを友達と受けた帰り、自宅の前にマモル君がいて、そして……。
「”夢お姉ちゃん”は永遠に、ボクだけのアイドルじゃなきゃ駄目なんだよ」
「私はマモル君のアイドルにはなれないよ」
口元はニタニタ微笑み、目は爛々と昏い光を宿していたマモル君の表情が、私の言葉でヒビ割れたように醜く歪む。
「どうしてそんなこと言うんだ! 夢ちゃんは夢お姉ちゃんは、そんな酷いことボクに言ったりしない!」
激しく頭を左右に振るマモル君の頬をソッと撫でる。
「どうして? って、そんなのマモル君は分かっているでしょ。私は、もうここに存在していないんだってことを」
「分からないよ! だって今、ボクの腕の中にいるじゃないか!!」
マモル君の言葉に、私は首を振る。
「今の私は”夢の残滓”なの。もうすぐ消えてなくなっていくわ」
「温かいし触れる! 消えるなんて信じない!!」
私が温かいとしたら、それはもしかしたら”魂の温度”なんだろう。
「マモル君。私は貴方に殺されたの」
いつのまにか傍らに居なくなっていた”本当の”マネージャーとユニットを組んだ友達。
———このステージのある建物の前で、サイレンの音が鳴り止む。
「嫌だ! 夢お姉ちゃんはボクの! ボクだけのモノなんだ!! 死ぬなんて、あり得ない」
周りが消えたんじゃない。
「事実は変わらないんだよ」
私が死んだから、私が世界から消えたから、私が未来を知らないから、周りが”ツギハギ”だらけだったんだ。
———数十人の刑事達が、ドタバタとステージに駆け上がって来て、私達、いや、マモル君を取り囲む。
魂が抜けたように呆然とした表情でガクリと膝をつくマモル君は、無抵抗のまま刑事達に捕まった。
◇
数日後。
私の白骨化した遺体は、マモル君の家の庭の花壇から発見された。
“夢”の見ていた夢は今、静かに暗く沈むように終わった……。