表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

プロローグ

冷静に考えると、「余生」とか「余命」ってすごい言葉ですよね。そんな気付きに端を発するお話です。


朗読 (オーディオブック) 音声 公開中です!

https://open.spotify.com/show/2NrEZ9qTjtII6cNzi9jUYv

 幾千の年月は絶えず、私たちをている。これまでも、そしてこれからも——いかなる瞬間をも逃すことなく、ずっと。

 万物に精神が宿るとされるここ日本では特に、その年月の象徴たる役割を何にあてがうのかは人によって様々で、まさに千差万別と表すのに相応しい様相を呈す。世界から隔絶されたこの町で人と人とが繋がり合っていくには、きっとそういう心の深い部分を晒し合い、分かち合うことが必要で——。

「——だから教えてよ。貴方の神様について……。貴方が生きた日々を監ていた、貴方の命を象る何かについて」

「随分と壮大な話をしてくれたところすまないが、俺は神ってもんの存在を信じてはいないんだ。だからあんたの質問には答えられない」

「何それ、つまんないの。私と仲良くなるつもりなんてないってこと?」

「この質問に答えられない奴とは仲良くなれない。あんたがそう思うなら、そういうことになるな」

「意地悪だねー。貴方、友達いないでしょ」

「どうだろうな。あんたがそう思うならそうなんじゃないか」

「何でよ。それは違うでしょ」

 自宅のベランダで濃紺の——限りなく黒に近いほど濃い群青色の夜空に浮かぶ満月を眺めたまま、井貫いぬいは笑った。

 この町——青砂あおさご市で迎える何回目の秋か、数えるのも億劫になるくらいの年月の中で、井貫は何十人もの人々と出会い、その背中を見送ってきた。青砂市は、誰もが訪れる町でありながら誰の最終目的地にもなり得ない、世界のあらゆる地点から隔絶された町だ。来る者拒まず去る者追わずの精神がとことんまで徹底された世界で、井貫はいつしか愛を失っていた。生き急ぐ人々との避けられぬ別れの悲しみから逃れるために。あるいは、かつて自分を愛してくれた人たちからもらった温もりが上書きされることのないように。虚ろな町の中で寒々とした孤独と添い遂げることを、井貫は選んだ——はずだった。

「決してさ、めでたいことではないんだよ。私たちがここで出会ったことは」

 呟いて井貫は、ほんの数時間前に出会ったばかりの巳波(みなみ)の横顔を眺めた。

「何がだよ」

 井貫でも夜空でもない何かを眺めていた巳波が、不意に井貫の方を振り向いた。井貫は「だってそうでしょ。さっきも言った通りこの町は……」と言いかけてやめた。

「——やめにしよっか。湿っぽいのは好きじゃないんだ」

 心に渦巻くどうしようもない哀しみを誤魔化すように、井貫はにへっと不器用な笑顔を作った。二人の間にしばしの沈黙が流れる間、秋の涼やかな風が二人のいるベランダを吹き抜けていった。

「お団子があるんだ。持ってくるから一緒に食べよう」

 ぱたぱたと部屋へ戻る井貫の足音を聞きながら、巳波は今一度夜空へと視線を移した。雲ひとつない空にぽっかりと開いた穴のような満月を見るともなしに見ていると、この数時間で聞いた超常的な話の数々が彼の脳裏に蘇った。

「ようこそ、って言うのは違うかな。こんな町、来ずに済むならそれに越したことはないから……。寿命を全うせずに命を落とした人間が集まる町なんて」

 三時間ほど前、自身の住居の一階で営むバー〝はすのはな〟で、青砂市の成り立ちについて慎重に言葉を選びながら井貫は説いた。曰く、青砂市とは、人間には予め決められた寿命があり、それを全うできず早い内に命を落とした者が天国や地獄に行く前に未練を清算するためのターミナルのような場所なのだ、と。

 それは神や幽霊なんてものよりも数段突飛で、とてもにわかに信じられるような話ではなかった。しかし井貫の口調からは巳波を騙したりからかおうという悪意は感じられなかったこともまた確かだった。そもそも自分は、知り合って間もないバーの店主の家に、招かれたからと言ってずけずけと入り込めるような社交的な人間だっただろうか? この町に来てからというもの、ずっと、まるで酔っ払っているかのように思考が浮ついた感覚が続いていた。ある意味では、どこか自暴自棄だったのかもしれない。巳波には、井貫の話が本当であるかどうかなどどうでもよかった。どうせ人生なんてものは——井貫の話では自分の人生は既に終わっているらしいが——なるようにしかならないのだから。

「普通のお皿で風情がないけど許してね。さ、お月見の続きといきましょ」

 物思いに耽っていた巳波の背後から、団子を持った井貫が声をかけた。二人の間に真っ白な陶器の皿を置き、「食べて食べて」と巳波に促す。

「……美味い」

「全然特別なものじゃない、そこらに売ってる既製品だけどね。そう言ってもらえて何より」

 言葉とは裏腹に、得意げな顔をして井貫が言った。スムーズな手付きで団子を一つ頬張ると、「とにもかくにもこれからは一緒に仕事をしていく仲間だね。よろしく、巳波さん」と彼の目を真っ直ぐに見据えた。

「ああ、よろしく頼む」

 未練だなんだと言われても今一つピンとこなかった巳波にも、井貫が語った青砂市に関する話の中に一つだけ興味が湧くものがあった。

 それは、井貫の職業に関する話だ。

 バーのマスターというのはあくまで表の顔で、実は本職として勤めている組織は別にあるのだと、井貫は言った。「清算する未練に思い当たるものがないのなら、私と一緒に働いてみる?」と。

「余生管理課——この町を俯瞰して眺め、今際の際に人々が見る走馬燈を覗き見する、悪趣味極まりない汚れ仕事でもよければ、だけど」

隔週日曜日に投稿していく予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ