また、どこかで会えたら
ある日の夜、私はこんな夢を見た。かつて親友だった稚秋と遊んだ夢。電車に乗って水族館に行ったり、食べ歩きをしていたり、今ではもうできないことばかり。夢を見ている間、きっと私は笑顔だっただろう。
「はっ、夢か」
夢から覚めた瞬間、現実を目の当たりにして少し涙が出た。朝起きて、顔を洗って、支度をして、ご飯を食べて、学校へ行く。当たり前で平凡で、何一つ不自由のないこの生活が当たり前でないことに気づかされた日がある。
「清水柚菜さん」
「はい」
中学三年生の秋、毎日があっという間に過ぎ、先生の点呼で目を覚ます。今日は親友の鷲見稚秋が休みだ。稚秋は小学校からの親友で何をするにも一緒にいた。今まで学校を休んだことがなかった彼女のことが私は不安になった。
「柚菜ー、今日稚秋いないの?」
「分からない、LINEもきてないの」
近くの男子集団がそう聞いてきた。心配だから安否確認のためにLINEを送ることにした。
〝やっほー稚秋
学校休むなんて初めてじゃない?
体調とか大丈夫?〟
結局、既読は付かず一日が過ぎた。その頃はまだ、今のようなことになるなんて誰も想像していなかった。
それから一週間、稚秋は学校に来なかった。LINEの既読も付かなかった。
「お母さん、稚秋学校に来ないの。稚秋のお母さんからLINE来てないの?」
「来てないわ、一週間休むなんて心配だよね」
不安になりながらも学校に向かう。
「柚菜、おはよう。そして久しぶり」
目の前には、いつもの稚秋が微笑んでいた。稚秋は頭に包帯を巻いていて、心配になるくらいだった。
「稚秋、大丈夫?」
「あー、これ?ちょっと階段から落ちちゃって少しの間入院してたの。もう大丈夫だよ」
「ちょっとじゃないでしょ。心配したんだよ」
「ありがとう」
そんな話をしながら、一日は過ぎて放課後になった。
「稚秋今日部活行く?」
「ううん、今日はちょっと早く帰らないと」
「オッケー」
「じゃあ一緒に帰ろ」
「いいよ」
ー稚秋の家に着くー
「明日も学校来てね」
「うん、絶対行くよ」
そうに約束を交わし私は家へ向かった。
「お母さん、稚秋来たよ」
「良かったね。元気だった?」
「もちろん」
「柚菜、あなた稚秋ちゃんに無理させないでね」
「大丈夫だよ」
私は久しぶりに稚秋に会えた嬉しさに浮かれていた。そんな自分が今でも許せないことがある。あの時の稚秋の異変にもっと早く気づいていれば良かったって。
翌日、稚秋を待って教室で勉強をしていた。五分、十分、いくら待っても稚秋が来ることはなかった。
「ホームルーム始めるぞ」
いつもは明るい先生がその日は何故か暗い顔をしていた。私は嫌な予感がした。
「皆んな、静かに聞いてほしい。昨日の夜、鷲見のお母さんから連絡がきた。鷲見が倒れたと。意識はあって、今は比較的呼吸も安定しているようだ。倒れた理由として、詳しい病名は分からないが頭の病気だという。卒業式にも出られないと思う。以上だ、変な憶測や噂は控えて勉強に専念しろ」
私は目の前にいる先生のことがよく見えなかった。それは目がたくさんの涙で滲んでいたからだ。
〝もう稚秋には会えないのか〟〝稚秋は私のことを忘れているということだろうか〟
頭の中でいろんな言葉が入り混じる。言葉にならないこの感情、当然勉強になんて集中できるわけがない。
気がつけば放課後になっていた。携帯を見るとそこには稚秋のお母さんからLINEがきていた。
〝久しぶり、柚菜ちゃん。稚秋のことを聞いて驚いたよね、私もです。稚秋が昨日休んでいた理由は、脳に腫瘍ができてしまう病気になったからなの。昨日包帯を巻いていたでしょ、それは立ちくらみがして転んでしまって、病院に行ったら難病と診断されたの。落ち着いて聞いて。稚秋がもう学校に行けないのは、記憶を無くしてしまったから。もっと早くあの子の病気に気づいてあげていれば良かった。柚菜ちゃんと稚秋の友情だって消さないでいれたのに。ごめんなさい。話したいことがまだあるから落ち着いた時に、家に来てくれたら嬉しいです。稚秋の母より〟
そこには長文のLINEが。
「柚菜おはよー」
「柚菜、今日一緒に帰ろ」
「一生友達だよ」
頭の中ではずっと彼女の映像が再生されていて、それはエンドロールのように流されていった。私はその時決心した。最後になるかもしれないから、少しでも稚秋の顔が見れたらいいと。
何日か経ったある日、まだ心の整理はつかず、追いついていないこ部分もあるが、私は稚秋の家へ向かった。引きずってばかりでは前に進めない。あと少しの中学校生活を稚秋の分まで精一杯楽しみたいから。狭い道を入ってすぐにあるこの家、草花でさえ大切なものに感じた。
ーピーンポーンー
「おはよう、柚菜ちゃん。来てくれてありがとうね」
家に上がるといつも遊びにくる時と何ら変わりのないこの家。
「稚秋はどんな様子ですか。元気にしてますか」
そうに訊ねると稚秋のお母さんは少し暗い顔をしてみせた。
「私とお父さんのこととか、場所の記憶はあるらしいの。だけど友達のこととか趣味のこととかは全て忘れてしまって…。だから最近は、上手くコミュニケーションが取れなくて部屋に閉じこもるようになっちゃって。時々パニックになっちゃうの」
「そうだったんですね…」
〝ガチャ〟
リビングの扉が開く。そこには稚秋がいた。
「稚秋…」
「お母さん、誰?」
「あぁ稚秋の友達よ。ほら覚えてない?」
「誰、誰なの。知らない人が家にいるよ。お母さん、どうしよう。ハァハァハァ」
稚秋は過呼吸になって泣きだす。目の前にいた稚秋は私の見たことのない彼女だった。髪の毛は長く伸びきっていて、どこが悲しげに痩せ細った腕。大切な親友なのに赤の他人のように思ってしまった自分がいた。
「稚秋、落ち着いて。少しずつ思い出せばいいんだからね」
「ごめんなさい、ハァハァ」
「柚菜ちゃん。ちょっと待ってて」
稚秋のお母さんは稚秋と部屋に行った。
「待たせてごめんね。記憶が無くなる前の話をしたりするとちょっとパニックになっちゃうの。今まで当たり前のように学校に行って、勉強して、友達に会っていたけどみんな忘れてしまったから」
「そうですよね。稚秋はこれからどうするんですか?」
「残りの中学生生活は定期的なカウンセリングに当てなきゃいけないと言われたの。高校は東京に引っ越して、通信制でもいいのかなって。まぁ稚秋と相談しながらね」
「そうなんですね」
私は、悔しくて今すぐに帰りたかった。
「ごめんね。まともに話せなくて。渡したいものがあるんだけどいい?」
小さな紙を渡される
「稚秋が柚菜ちゃんに似たような子の絵を描いていたの。記憶にはないかもしれないけど、体が覚えていたのかもね」
「こんなのもらっちゃっていいんですか?」
「うん、大丈夫。残りの中学校生活、稚秋の分まで頑張って。それから高校受験も」
「ありがとうございます。頑張ります」
ずっと、曇っていて霧がかかっているようだった私の心に少し太陽が出てきた。稚秋のお母さんに応援されたなら、その期待に応えなくては。
玄関に行く
「今日は本当にありがとう。じゃあまたね」
「またね」
外に出ようとした時、お母さんじゃない声が聞こえた。振り向くとそこには稚秋がいた。
「また会おうね」
20パーセントくらいの笑顔で笑っていた。私は無理し微笑した。それは稚秋が稚秋に見えないかったからだ。昨日の昨日まであんなに笑顔で話しかけてくれて、教室を移動する時もご飯を食べるときも、いつも一緒だったのに。記憶を無くしたせいだと分かっているのに。なんで笑ってこっちを見るの。「また会おうね」なんて言わないでよ。本当に会いたくなってしまうから。もう会えないと分かっているのだから、最高の状態でさようならを告げようと思っていたけれど、できなかった自分に自己嫌悪して涙が出た。
あの日から毎日のように稚秋のことを考え過ごすことになるのかと思っていた。けれど、そんなことを考える暇もなく日々は過ぎていく。学校に行くと、そこには友達がいて、授業を受けて、部活に行って帰る。そんな日常を稚秋はいつかまた過ごせるようになるのかな。考え事をしているうちに塾の時間がきてしまう。急いで塾の準備をしなければ。
「あー、もう間に合わないよー。お母さーん塾まで送って」
「しょうがないなぁ」
あっという間に秋が終わり、冬が来る。
「柚菜ーバイバイ」
「都季も胡桃も、気をつけてね」
受験勉強は順調に進み、今日も塾が終わり、友達と別れる。外には空気いっぱいに雪が舞っていた。
〝ピロンッ〟
「あ、LINEだ」
スマホには稚秋のお母さんから連絡がきていた。
〝柚菜ちゃん、明日試験よね?頑張って。これから柚菜ちゃんも忙しくなるだろうから、今日でこんなLINEも控えるね。それじゃあ頑張って〟
そうだ、私は明日試験だ。稚秋のお母さんからのメッセージを見てふと我に返った。もう稚秋のお母さんからのLINEもおしまいだ。明日の試験で私の高校生活、将来が決まるのだから。最後に感謝のLINEをしたい。
〝稚秋のお母さんへ。今日でこのLINEもひとまず終了ですね。明日の試験では自分の将来のためにも、稚秋の分も全力で頑張ってきます。稚秋も頑張ってほしいと伝えてください。また会えたら嬉しいです。さようなら〟
そんな拙いLINEを送り、バスに乗った。
めまぐるしく巡る日々、私は卒業式を迎えていた。私は無事、希望していた高校に合格し嬉しい気持ちでいっぱいだ。あれから、三ヶ月ほどが過ぎた春。桜は早咲きしていた。
ー目の前に一枚の花びらが散るー
私はその瞬間、その花びらをキャッチした。童心にかえる自分に自分で笑ってしまった。
「三年間、お疲れ。そして卒業おめでとう」
自分で卒業証書に語りかけた。早く短い中学校生活。特に思い出もなく過ぎていくと思っていたこの三年間。振り返ればいい思い出も悲しい思い出もあり、涙することも多くあった。だけど、また前を向いて歩かなくては。今度は人生の3rdステージ?ぐらいかな。高校生になる自分が楽しみだ。
「稚秋、頑張っているかな」
ふと、稚秋のことを思い出した。
〝うん頑張ってるよ〟
そんな声が聞こえた。振り返っても見えるのは同級生たちだけ。きっと幻聴だろう。だけど、目の前には稚秋がいるように思えた。柚菜と稚秋の友情は、永遠だ。別れていても、きっとどこかで繋がっている。それが現実だといいな。五年後も、十年後も、ずっと。また、どこかで会えたら。私たちは今までにないぐらい口を広げて笑っていると嬉しいな。
今回「また、どこかで会えたら」を執筆したもんです。本格的に小説を執筆するというのは初めてであり、難しかったですが楽しんでストーリー作りを行わせていただきました。小説の執筆にともない、私は小説を書くうえでの知識が全くなかった為、色々な作品から刺激を受け、今回自分の満足するような作品を作ることができました。
私自身、小説を読むことはあまり得意ではなく、「小説」というものに苦手意識を持たれている方でも手に取りやすく、興味を持ちやすいテーマにしました。今回は、ある一人の主人公の親友である子が病気になってしまうというお話です。短編小説ですので、病気という深いワードについて描ききれるのか不安でしたが、私の実際の経験をもとにリアルを描くことができました。現在の令和の日本では、学校に行きづらい、事情によって行けない子供たちが多くいます。少し重い話ではありますが、そんな子たちやその周りの立場である人にもぜひ手にとっていただきたいです。実際、私の友達もある事情であまり学校に来れなくなり、疎遠になってしまった友達がいます。ですが、今はだいぶ元気になり、学校にも来ていることを見ることがあります。
今回の作品を通して、今は離れていても心ではきっと繋がっているということを信じていてほしいです。だから、私は今でも前を向くことができています。皆さんも離れていることを悔やんだりするのではなく、ぜひ信じる心を大切にしてほしいです。そして、この小説がぜひ私の友達まで届きますように。