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「殿下もクリスティアナ様も、このような発言を鵜呑みにするようなことは有り得ませんわよね?」
「どうしてそう思うのでしょうか」
「だってそうでしょう? この方たちは……」
「私よりも遥かに身分が低いのだから」
黒く微笑むアンジェリアの発言に、ピクリと眉を動かすクリスティアナ。目の前の女が一体何を言っているのか理解できない、そう感情が読み取れる。
それまでアンジェリアを疑っていなかったオリヴァーも、その発言には違和感を抱いた。
そんな彼らの心の内を無視して、アンジェリアは愚かにも更に罪を重ねるのだった。
「身分の低い者と身分の高い者の証言が食い違った場合、身分の高い者の証言が国の裁判では適応されますわ。王太子ともあろうお方ならそれについてはご存知でしょう?」
知らないはずがない、とでも言うように王太子にすら上からものを言うアンジェリアは、自身の発言でオリヴァーに苛立ちを感じさせたことに気付かない。
「……勿論存じている」
「ふふっ……それなら今回の件も、どちらの言葉を信用すべきか明白ですわね」
アンジェリアの言葉は上からではあるが、確かにその通りであった。
国の裁判で適応されている法案に則った理論をかざされては、真っ向から否定することはできない。それは国王の定めを否定することと同義だからだ。
「確かにそうだが……」とどこか納得の出来ないオリヴァーの声にアンジェリアが勝利を確信しニヤリと微笑んだとき、「では、これはどうでしょうか」とクリスティアナが声を上げた。
「コリンナの証言を真実とする、というのは」
「……コリンナ嬢が生きて戻ったら証言をしてもらう、ということか?」
「ええ。コリンナは素直な子ですから、生きて戻れば真っ先に犯人へ怒りの声を上げるはずです」
「コリンナ嬢も真実を知らない場合や、生きて戻らなかった場合はどうするつもりだ」
「もちろんどうもせず終わりです」
「なっ……」
一体何を考えているんだ、とオリヴァーが言いかけたとき、それよりも先に「な、何を言っているのよ!!」とアンジェリアが声を荒らげた。
もしコリンナが生きて戻れば、自身が背を押したところを本人に見られてしまっているため、確実に真実を暴かれてしまうと理解しているからだ。
そのようなことは絶対に避けなければならない、とアンジェリアは「コリンナさんが故意に私を貶めるかもしれないじゃない!!」と自身の行いは棚に上げ、クリスティアナの提案を拒否した。
「そんなに焦るだなんて、何か都合の悪いことでもあるのかと殿下に怪しまれてしまいますよ」
「あ、焦ってなんていないわ!! ただ、私を嫌っているコリンナさんが嘘を吐くかもしれないと――」
「でしたら、コリンナの証言に従ってオリヴァー殿下の配下の方に動いていただきましょう」
「おい、勝手に決めるんじゃない」
「証言を元にきちんと調べていただけるのなら、例えコリンナが嘘を吐いても無実であるアンジェリア様に害はありませんでしょう?」
「それは……」
クリスティアナの理のある提案にとうとう逃れられなくなったアンジェリアは、しばらく黙ると不機嫌そうに「……分かりましたわ」と提案を受け入れた。
勝手に配下を動かすことを決められたオリヴァーはというと、いつになく強引なクリスティアナを呆れた目で見つめ、大きなため息を吐いていた。
まっすぐ立つクリスティアナには、愛する妹の名誉と命しか頭になかった。
「生きて帰ってきて、コリンナ」
雨雲で覆われた暗い空を見上げ、クリスティアナは静かに口にする。愛する妹の無事を祈って。