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「クリスティアナ嬢……君まで……」
魔の森へ向かって一直線に走った双子王子の姿は、オリヴァーがクリスティアナに気を取られているうちに見えなくなっていた。
呆れるオリヴァーの声に、クリスティアナは「殿下、本当は私も行きたいのですよ」と言いながら上級生たちの前へ歩を進める。
その手が微かに震えていることに気付いたオリヴァーは、「よく我慢したと褒めるべきか……」と呟きため息を吐いた。
「まぁ、クリスティアナ様」
「お久しぶりです、アンジェリア様。この度は妹が勝手をしたそうで……」
「クリスティアナ様のせいではありませんわ。私にも僅かですが責任はございますし」
アンジェリアの発した『僅かですが』という隠しきれない高慢さが滲み出た言葉に眉を引きつらせたクリスティアナは、それでもアンジェリアの機嫌を損ねないよう慎重に言葉を紡ぎ会話を続ける。
「コリンナが一人で先に行くと仰ったそうですね。あの子ったらどうしてそんなことを……」
「私にも分かりかねますわ。こう言ってはなんですがコリンナさんは少々気が荒いところがありますから、私たちのペースでは合わなかったのかもしれません」
「まぁ……確かにコリンナには些か幼さが残っておりますわ」
「そうでしょう? 私も何度か注意をさせていただきましたが、どうにも嫌われてしまったようで……」
「それは……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいえ、構いませんわ」
美しい令嬢二人の腹の中を探るような会話に、傍で聞いていたオリヴァーは居心地の悪さを感じていた。それはアンジェリアの後ろに控えていた上級生たちも同じで、全員暑くもないのに汗をかきながら静かに地面の石を見つめていた。
「皆さんにも、妹がご迷惑をおかけしたことを謝罪いたします」
クリスティアナはアンジェリアの後ろへ視線を移し、丁寧に頭を下げた。その様子に、アンジェリアは途端に眉をひそめ不快な感情を表情に出した。高慢な彼女には、身分の低い者へ頭を下げるクリスティアナの気持ちなど到底理解が出来ないからである。
「ク、クリスティアナ様、お止め下さい!!」
「いいえ。私の妹がご迷惑をおかけしたのだから、例え妹の身に何があろうとも私は貴女たちに謝罪を申し上げなければなりません。全ては勝手な行動をした妹の不始末であり、そしてその姉である私の不始末ですから」
「そんなっ……」
男性だけでなく、女性にとっても憧れの存在であるクリスティアナの誠意ある謝罪に、上級生たちは胸を痛めた。中にはクリスティアナと同級生で何度か話したことのある平民の女生徒もおり、彼女は身分など気にせず優しく接してくれるクリスティアナを苦しめていることに、酷い罪悪感を抱いた。
そして彼女は、以前クリスティアナと兄妹の話をしたことをふと思い出す。美しいクリスティアナが心の底から愛おしそうに「私が悲しいときには寄り添ってくれて、私が嬉しいときは私以上に喜んでくれる、この世で一番可愛い子」と言っていたことが彼女の脳裏を過ぎり、同じく妹を持つ彼女は耐えきれず口を開いた。
「わ……私……なんてことを……!! クリスティアナ様……本当にごめんなさいっ……!!」
上級生の一人が涙を流しながら崩れ落ち謝罪を口にすると、同じく罪悪感を抱いていた残りの二人も堪えきれず涙を流し始めた。
驚くオリヴァーと小さく舌打ちをするアンジェリアがいる傍で、クリスティアナは「……謝らないで。ただ教えてほしいの」とまるで女神のように優しい声で問いかけた。
「コリンナは、本当に一人で先へ行ってしまったの?」