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「あれ? コリンナ嬢は?」
山頂に立てられた大型テントで先に到着していたフレッドがいち早くコリンナの所在を聞くと、アンジェリアは苛立ちながらも作り上げた設定を話し始めた。
「コリンナさんでしたら、私たちが休憩用コテージで休んでいる間にはりきって先へ行ってしまいましたわ。てっきりもう着いているかと思ったのですが……まだのようですわね」
「はぁ?」
先日の騒動に居合わせたフレッドは、アンジェリアの説明を明らかに怪しんでいる。
「君は、コリンナ嬢が一人で先に行ってしまったのに追いかけもせず呑気に山頂までやって来たというのか?」
「まぁ、酷い言い様ですこと……」
「コリンナ嬢がどうした?」
フレッドとアンジェリアの険悪な雰囲気に違和感を抱いたオリヴァーも、会話に交じり「何かあったのか」と問いかける。
次々と大物ばかりが集ってくる状況に、コリンナと親しくしていた上級生たちは不安に駆られていた。
再びアンジェリアの説明があり、それを聞いたオリヴァーはどこでコリンナとはぐれたのか質問を投げかけた。
「休憩用コテージを出てから姿は見ていませんわ」
「……まずいな。あそこは立ち入り禁止区域である魔の森が近い……雨も降っているし、山頂にも来ていないなら捜索隊を出さなければ」
「では、まずは先生に報告をしましょう」
「そんなの待ってられないよ。僕は先に探しに行く。途中でエイベルとも合流して――」
「僕がなんだって?」
三人の会話に今しがた山頂へと到着したエイベルが加わり、アンジェリアは「次から次へと……」と頭の中で呟き小さく舌打ちをした。
着いたばかりのエイベルにアンジェリアが三度目の説明をし、やはりエイベルもフレッドと同じ反応を返した。
「この雨の中コリンナ嬢が行方を眩ませたというのに、君は至って冷静だな」
「ええ、それが淑女というものですわ」
「確かに君は完璧な淑女だよ。けど……そこまで冷静だと気味が悪い」
失礼なことを仰るものですね、とアンジェリアは双子王子へ微笑みかけ、彼らが自身に疑いの目を向けていると察した。
コリンナとの騒動の一部始終を見聞きしていたのだから当然疑われると理解していたアンジェリアだが、実際に疑われるとやはり厄介に感じた彼女は、疑いの目を逸らすため上級生を使うことにした。
「……お二人が何をお疑いか知りませんが、このグループを率いていたのは私ではなくこちらにいる上級生ですわ。一年生の監督責任も彼女たちにあるはずでは?」
「……確かにそうだね」
「じゃあ聞こう。貴女たちはなぜコリンナ嬢を一人で先に行かせてしまったんですか? すぐに追いかけることもできたでしょ?」
いつもヘラヘラとした双子の冷やかな視線が突き刺さり、上級生たちは言葉を詰まらせた。ふとアンジェリアを見ると、その瞳は「話を合わせろ」と訴えている。身分の低い彼女たちには、公爵家の令嬢であるアンジェリアの命令を無視することなど到底出来るはずがない。
だが、それでも尚彼女たちが「その通りだ」の一言も言えないでいるのは、質問を投げかけている人間が王族だからだ。
王族の質問に嘘で答えるのは大罪であり、それが暴かれたときは彼女たちだけでなく家族をも犠牲にしてしまう。例え上手くいったとしても、いつ暴かれるか分からないという恐怖が永遠と彼女たちに付き纏う。それを理解していた。
そして、彼女たちには良心がある。愛嬌があり、自身より身分の低い彼女たちを上級生として接してくれたコリンナを見捨てることが、何より恐ろしかった。
上級生たちがいつまでも返事をしないことに苛立ったエイベルが「どうなんですか」と語気を強めてもう一度問うと、上級生たちは震える声で「あ……えっと……」とやはり口篭る。
「……もういいです。兄さん、僕らは先に探しに行くよ」
「馬鹿を言うな。お前たちを行かせる訳には行かない」
「「はぁ!?」」
「お前たちは仮にも王族なんだ。勝手な行動は許さない」
「「そんなこと言ってる状況じゃないでしょ!!」」
結局上級生から話を聞くことを諦めた王子たちは、今度は三人して言い争いを繰り広げ始めた。
「コリンナ嬢が行方不明だということを先生方に報告するまでが生徒である私たちの役目だ。対応は学園側に任せるべき――」
「いやいや、ありえないよ!!」
「コリンナ嬢が心配じゃないの!?」
「そういう問題じゃない。お前たちが行くことで学園側の仕事が増えるという――」
「「仕事とか知らねーよ!!」」
「落ち着くんだ」と冷静に対応しようとするオリヴァーだったが、想い人が魔の森にいるかもしれない、と感情的になる双子王子を落ち着かせることなど到底できない。
「僕は行くから!!」
「僕も!!」
遂に走り出してしまった双子王子に、オリヴァーは「あっ!? おい待てバカ共――」と取り乱し口調の崩れた制止の声を上げるが、二人は聞く耳持たずで先へ急いだ。
そしてその背に向かい、一人の女生徒が声を上げる。
「コリンナは特殊魔法音波の笛を持っています!! 魔物には聞こえません!! 雨で聞きづらいかもしれませんが、何か音が聞こえたら立ち止まってください!!」
「なっ……!?」
突然の声に驚いたオリヴァーが振り向くと、そこにはただ愛する妹を心配するクリスティアナが立っていた。