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まっすぐ崖下に落ちていくコリンナを、アンジェリアは冷たい瞳で眺めていた。
(身分の高い私を敬わないから、こういうことになるのよ)
アンジェリアは人一倍身分にこだわりがあった。国内有数の貴族と謳われるスウィングラー公爵家の長女として生まれた彼女は、昔から様々な人間に甘やかされてきた。社交界デビューを果たせば皆が彼女の美しい姿に見惚れ、下級貴族たちは彼女や父である公爵に媚びを売る。それが当たり前となってしまい、彼女は瞬く間に高慢な女となった。
アッカーソン伯爵家の娘の話はよく聞いていた。自分と同じように美貌と教養を兼ね備えた才女である長女のクリスティアナと、見た目も教養も劣った無能な才の次女であるコリンナ。
アンジェリアは二人を社交界で見かける度、哀れなコリンナを嘲笑っていた。
そんなあるとき、アンジェリアに王家直々に見合いの話が舞い込んだ。
プライドの高いアンジェリアは自身の身分に見合う婚約相手など王族しかいない、と思っていたため二つ返事でそれを受けた。その相手というのが、双子王子の片方、エイベルだった。
欲を言えば、当時まだ王太子候補だったオリヴァーの相手に選ばれたかったが、王太子には既に婚約者がいたためアンジェリアは話題の気ままな王子で我慢することにした。
だが、当日エイベルと会ってみるとどこからかフレッドが現れ、「君のような高慢な女性はコイツには合わないな」とアンジェリアに告げたのだ。
王族とはいえ許されない無礼な態度にアンジェリアが怒りの声を上げると、その状況を待っていたかのようにエイベルも「確かに、僕には気性の荒い彼女を窘めることは出来ないな」と席を立ってしまったのだ。
そのままアンジェリアは置き去りにされ、数日後王家から正式な謝罪の文を受け取ると共に見合いの終了を告げられた。
人生で初めて受けた屈辱にアンジェリアは怒り、王家に抗議の声を上げるよう父である公爵へ願い出た。けれど公爵は「確かに酷い扱いだが、あちらがお前の気性の荒さを好まないと言ったのならお前にも原因があると言える」と呆気なく娘の願いを却下した。
それ以降、自身のプライドを傷つけた双子王子をアンジェリアは陰ながら恨み続けてきた。
そして入学式の日、事件が起こる。
あの憎き双子王子が、自身が密かに嘲笑していたコリンナ・アッカーソンへ堂々と求婚したのだ。
アンジェリアは再びプライドを傷つけられ、腸が煮えくり返る思いだった。怒りに震えその場で感情を爆発させる直前、アンジェリアは思ったのだ。
世間から期待されない出来損ない同士お似合いなのでは? と。
そう思うと湧き上がっていた怒りの感情は緩やかに落ち着き、アンジェリアは平静を保てた。
二日目、自身の言葉にコリンナが反論してくるまでは。
自身より身分の低い伯爵家という立場で公爵家令嬢の言葉に反論したことにも怒りは込み上げたが、それよりも事情を聞いた王太子にコリンナが嘘の説明をしたことが、アンジェリアは耐えられなかった。
馬鹿にしていた女に救われるなど、屈辱以外の何物でもない。
憎き双子王子へみっともなく許しを乞うことになったのも、嘘で守られてしまったのも、全て身の程を弁えないコリンナのせいだ。
アンジェリアの恨みの矛先は、双子王子からコリンナへ切り替わった。
そのすぐ後に全学年合同授業のグループ発表があり、アンジェリアはそこでコリンナを消してしまおうと考えた。先日の騒動のせいで自身の立場が危ういことには気づいていたため、人気のないところへコリンナを誘い出し目撃者を出さないようにした。
もしコリンナが生きて戻ったとき、アンジェリアに崖下へ落とされたと証言されても言い逃れが出来るようにだ。
同じグループの上級生がコリンナと些か気が合っていたのは予想外だったが、平民や下級貴族という自身よりかなり弱い立場であることからねじ伏せるのは簡単だとアンジェリアは考え、そして考え通り容易にねじ伏せることに成功した。
アンジェリアが一人でコテージに戻り、
「コリンナさんが一人で先に行ってしまったわ。私たちも追いかけましょう」
と言うと、上級生たちは互いに顔を見合せながらも静かにアンジェリアの後ろをついて行った。
公爵家の令嬢に楯突く女を消す完璧な作戦に、アンジェリアは人知れず満足していた。
なぜなら、入学したばかりで魔法もまだ上手く使いこなせないコリンナが落ちた場所は、男子生徒たちも足を踏み入れてはならないと言われている魔の森だから。