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「ダグラス、お前クリスティアナお嬢様のこと気になってるだろ?」
「……えっ!?」
コリンナがダグラス含めた使用人を数人連れ街へ買い物に出たとき、ダグラスと男の使用人が隠れて話しているのを聞いてしまったのだ。男の使用人たちを外で待機させ、一人で入店した女性服専門店を退店した直後だった。
「ど、どうして……」
「お前分かりやすいんだよ。クリスティアナお嬢様の顔を見る度に顔を真っ赤にしてるし、きっとお前のことが大好きなコリンナお嬢様も気付いてるぞ」
物陰に隠れて話を続けている二人は、コリンナがすぐ近くで会話を聞いているとは露ほども思っていない。それどころか、男の使用人は本人のいる場でコリンナの心情までも代弁しようとしている。
「コリンナお嬢様は今でもお前と交わした結婚の約束ってやつを生きがいにしてるんだぞ? 一体どう収拾つけるつもりなんだよ」
「収拾って……」
「そもそもあのクリスティアナお嬢様に惚れたところで、使用人のお前なんか相手にされないんだぞ? 身分が違うんだから」
「そんなの分かってるよ……だからこの気持ちを伝えるつもりもないし、クリスティアナ様がご結婚されるときには嘘でも祝福の言葉を言うさ」
この時点で、コリンナは薄々気付いていたダグラスの姉への想いに結論を出した。やはり彼は姉を愛しているのだ、と。
ずっと支えにしてきたものが淡く崩れ去り、最早悲しみよりも絶望が勝る。
そんなコリンナをよそに、ダグラスは更なる追い討ちをかけるのだった。
「コリンナお嬢様との約束だって、ただの子供の口約束なんだ。あんなものに、お嬢様がここまで固執するとは思ってなかった。だから収拾とか言われても困るよ」
僕だってどうしていいか分からないんだ、と呟き眉を下げるダグラスは、些細なその一言でコリンナの心に大きな傷を与えたことに気付かない。
コリンナはとめどなく溢れる涙を拭いながら、静かにその場を離れた。
なかなか戻ってこないコリンナを心配した使用人たちの声が、街中に響き渡っている。コリンナはそんな彼らの声を無視し、路地裏で一人蹲っていた。
楽しかった幼い日々、そして約束を交わした時のダグラスの優しい表情を思い出すと、コリンナの瞳から溢れる雫はいつまでも止まることなどなかった。
幼い頃の口約束をいつまでも信じていたのがおかしかったのだろうか、それともダグラスは最初から迷惑に感じていたのだろうか、自分を拾ったのが姉だったらよかったと思ったりしたのだろうか、と次々と悪い方へと考え、コリンナは遂に自身の初恋が終わったのだと自覚した。
(好きだったのは、私だけだったんだ)
王立魔法学園入学の祝いに姉が贈ってくれた、リボンの多く付いた可愛らしいピンクのドレスは、地面に蹲っていたことで裾が黒く汚れてしまっていた。
(私がお姉様みたいに美人で、魅力的な体をしていたらダグラスは私を好きでいてくれたのかな)
大きなリボンで乏しい胸元を隠しているこのドレスが、コリンナは酷く気に入らなかった。クリスティアナのような豊満な胸があれば大胆なドレスを纏い、ダグラスを魅了できたかもしれないと自身の体に嫌気がさすからだ。
考えても仕方の無いことだけれど、美しく妖艶な姉はコリンナの劣等感を煽る存在であった。
そうして自身の容貌を心の中で蔑んでいると、突然見知らぬ男たちの声がコリンナへ向かって放たれた。
「「そんなところに一人でいては危ないですよ、お嬢さん」」
顔を上げると、目の前には頭から布を被り顔を隠した、怪しい二人の男が立っていた。