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「き、君……名前は……?」
「名前? コリンナ・アッカーソンよ」
思わずフレッドが問いかけると、コリンナは疑いもせずに名前を打ち明けた。この時点でフレッドは既にコリンナを周りの人間とは違う純粋な少女だと感じていたが、単純なフレッドに反しエイベルはというと、コリンナがただ学のない少女なだけでは? と疑問を抱いていた。
「それより知ってる? あなたたちと同じ双子の殿下がいるって」
「……知ってるよ、もちろん」
「そう! じゃあ、その双子の殿下がこの間風魔法に覚醒したっていうのは?」
「……知ってる」
二人をその殿下たちだとは微塵も思っていないコリンナに純粋に聞かれ、エイベルは眉をひそめながら質問に答えた。自分たちのことなのだから知っているのは当たり前だ、とコリンナを簡単に信用するのが怖いエイベルは頭の中で嫌味を吐いている。
コリンナがこれから一体何を言うつもりなのか、と疑心を抱くエイベルと、微かな希望を抱くフレッド。見た目も性格もほとんどが同じはずなのに、少しの感性にズレがあるのは、やはりそれぞれ別の人間だからだろうか。
しかし、結局二人はこの後のコリンナから発せられた言葉で、本人たちも驚くほど一瞬にして恋に落ちるのだ。
「すごいと思わない!? 魔法の覚醒は13歳が平均だって言われてるのに、異例の速さで覚醒しただけじゃなく、風魔法に覚醒したんだよ!? 憧れるなぁ」
「あ、憧れ……?」
「うん! だって風魔法って……」
「俯く人の背中を押す、強くて優しい魔法なのよ!」
お母様が言ってたの! と肩までの少し短い髪が風になびき天真爛漫に微笑むコリンナの姿が、二人には羽の生えた天使のように見えた。
風でなくてもいいのでは、と思うところもあるが、コリンナの言ったように考えれば風魔法もそう悪い魔法ではない。全ては使い方なのだ。
それこそ、春のうららのような少女が言うのだからきっと間違いではないだろう、と二人の歪みかけた心はコリンナの言葉によってすぐに回復したのだった。
純粋なコリンナにあっという間に心を打たれてしまった双子王子は、瞬く間にいつもの調子でコリンナと仲良くなろうとした。
「ねぇ、君って貴族の子だよね? なんでこんな所で一人でいるの?」
「使用人と買い物に来たんだけど、迷子になっちゃったの」
「えっ、迷子!?」
「うん。それで彷徨ってたらあなたたちがいて……」
「アハハッ!! 迷子だなんてかっこ悪いな〜!!」
「なんで笑うのよ!!」
迷っちゃったものは仕方ないじゃない! と先程まで優しかったのに今度はプリプリと怒るコリンナは、二人にとって実にからかいがいのある少女で可愛らしかった。
双子王子は面白くて優しいコリンナを手に入れたいと思ったが、
「お嬢様!! こんなところに……!!」
という使用人らしき人間の声を聞いた瞬間のコリンナの表情で、それは不可能なのだと悟った。
「ダグラス……!!」
頬をピンクに染め嬉しそうに瞳を輝かせたコリンナが、二人が引き止める間もなくダグラスという少年の元へ走って行く後ろ姿で、王子たちの恋は一瞬にして破れてしまったのだ。
「すっごく探したんですよ!」
「ごめんね、ダグラス。私もなんでこんなことになったのか分からないの」
「……とにかく、お嬢様が無事でよかったです。本当に心配したんですからね」
「えへへっ」
幸せそうに会話する二人の間に割って入ることなど、王子たちには出来なかった。邪魔者は自分たちである、と二人の仲睦まじい姿から容易に想像できたからだ。
双子王子が呆然と恋人のような二人を眺めていると、コリンナは思い出したかのように振り返り
「それじゃあ私は帰るわ! さよなら!」
とあっさりとした別れの言葉を告げ、そのまま去ってしまった。
残されたのは、恋に落ちた瞬間に失恋を悟ってしまった、哀れな少年たちだけだった。