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今から五年前、当時十歳の双子王子は自由奔放な日々を過ごしていた。王族の歴史で唯一の双子と世間の期待が少年たちの小さな背に重くのしかかった反動によって、周囲を困らせる行動を取るようになったのではないかとオリヴァーは考えていたが、真相はそこまで複雑なものではない。
双子王子の生まれ持っての性格がイタズラ好きなだけであった。
しかしオリヴァーや使用人たちは彼らに同情的で、双子王子は都合の良い勘違いを利用し度々城を抜け出しては街で平民のフリをして遊んでいた。平民の見知らぬ子供たちと同等の立場であるかのように振る舞い友達を作ったり、平民の大人たちには本来なら王族が口にするようなものではない硬いパンを分けてもらったりとオリヴァーが聞けば呆れるほどの自由な行動を取っていた。
彼らは平民になりきり人々を騙すことが、次第に快感となっていった。見た目のそっくりな彼らを見分ける人間もオリヴァー以外にいないことで、彼らはよりイタズラ心を膨らませたのだ。
そしてある日、双子王子は遂にミスを犯してしまう。
いつものように城を抜け出し、平民のフリをして街を散策していたときだった。自身らが話題の双子王子だと気付かれないよういつも頭から被っていた布が、強い強風に煽られ落ちてしまったのだ。
世間では、つい最近彼らが風魔法に覚醒したことで『国に災いをもたらす、期待外れの双子の王子』とよく話題にしていたことから、二人の素顔を見た平民たちは皆すぐに件の王子たちだと気付いたのだ。
今まで優しくしてくれた平民たちの冷やかな視線、そしてよく食事を与えてくれた女性が、王族に得体の知れない食事を与えたと王家に知られればただでは済まない、と恐怖で泣き叫ぶ光景に、幼い双子王子たちは酷く衝撃を受けた。同時に、数分前とは明らかに違う平民たちの光のない瞳が、酷く恐ろしかった。
街の人々の突き刺さるような視線から逃れるため、落ちた布を拾い被り直すと二人は必死に走った。騒ぎを聞きつけた兵士たちが双子王子の存在に気付き追いかけたが、すばしっこい二人は息を切らしながらもなんとか逃げ延び、人気のない路地裏へ辿り着いた。
「……僕たちの魔法は災いをもたらすらしいよ」
「……なんだそれ、バカらし……」
「だよね……」
「「…………」」
繋いだ手からお互いの震えを感じ取り、いつも陽気でイタズラばかりの二人も大きな瞳を潤ませていた。
「……魔法に覚醒するだけですごいんだって兄上は言っていたけど、違うんだねっ……」
「僕らのこと、もうみんな嫌いになっちゃったんだ……あんなに『期待してる』って言ってたのに……」
「薄情な奴らだっ……」
漸く自身らの背に重くのしかかっていた『期待』という重圧に気付いた彼らは、二人肩を寄せあって涙した。もう二度と街へなんて来るもんか、とこのことをきっかけに少年たちの心が歪む直前、「どうしたの?」という幼い少女の声が二人の耳に入る。
それが、同じく当時十歳であったコリンナだった。
「「……放っておいて」」
「わっ!! 大丈夫!? 悪い人に何かされたの!?」
二人の瞳から大量に溢れる涙を目にしたコリンナは、彼らを王族だとは一切思わず純粋に心配の声を上げた。
「ハンカチ……は一枚しかないけど、まぁいっか! ほら、拭いて!」
「わっ!? ちょ、ちょっと!!」
「や、やめてよ!!」
『拭いて』と言いながら無理やりに布を取り顔にハンカチを擦りつけるコリンナに二人は拒否の声を上げるが、夢中になって涙を拭いているコリンナの耳には届かない。
「綺麗な顔が台無しに……って……えっ、あなたたちもしかして双子?」
「「…………」」
ハンカチを顔から離したとき漸く双子であることに気付いたコリンナに、双子王子は「今更かよ」と思わず口にしてしまいそうになる。けれどその瞬間二人の脳内を駆け巡ったのは、やはり先程の街の人々の冷たい視線だった。
双子という一般的に見ても珍しい二人を見たら、誰しも王族のエイベルとフレッドだと結び付けるはずだ。そしてそれはコリンナにも言えること。
二人は明るかったコリンナの表情が固まったのを見て、先程の恐怖を再び味合わなければならないのかと身構えた。
けれど、当時まだ幼く、初恋であるダグラスに夢中だったコリンナは彼らが話題の双子王子だという考えに至らなかった。
「双子だなんて……あの有名な王子たちと同じじゃない! すごーい!」
「「……え?」」
予想だにしない発言に、双子王子は気の抜けた声を漏らした。