2度目の恋はゆっくりと
今日はマキシムとの初めての顔合わせだ。
執事に連れられて、王宮の庭園へと向かう。
案内するはずの王宮侍女は、精霊執事のリウォードを見たとたん、口をぽかんと開けて見惚れてしまい、役に立たなかった。
時の精霊リウォードは、何故か私の執事としてそばにいる。
ローデグリーン家ではなく、私の専属執事だ。
実家では放置されていた私の食事や衣装など、細かく世話をやく。
薔薇の庭園が近づくに連れて、不安になる私の手を大きな手で包むように握ってくれる。
「大丈夫ですよ。お嬢様。私のほうがあんなのより数億倍いい男ですから」
前回の初顔合わせでは、マキシムの姿を見るなり、恋に落ちてしまった。同じ年のはずなのに、幼い外見を恥じて、禁忌魔法に手を出した。
もし、また、マキシムに夢中になってしまったら。
不安でたまらない。
薔薇の甘い匂いが立ち込める一角で、私は二度目の初顔合わせを経験した。
何も、何も感じなかった!
マキシムの金髪は記憶よりもくすんでいて、青い瞳はただの眼だった。
ホッとすると同時に、こんなのが私の婚約者なのかと、酷くがっかりした。
そう、この頃には私の一番は、リウォードに上書きされていたのだ。
その後の私は、禁忌魔法に手を出すことはなく、全系統の魔法を操り、記憶魔法で学問を履修した。嬉しいことに、禁忌に触れることがない固有魔法に、成長魔法が新しく加わった。
時を戻したことによる副反応らしい。
すばらしい魔法だった。
成長魔法を使うと、種はすぐに芽ぶいて、ぐんぐん大きくなり、大樹は大きな果実をたくさんつけた。
卵はすぐにひび割れ、中から出てきた鳥の雛は見る間に大きくなり空に羽ばたいた。
その後、空を飛ぶ鳥を呪文一つで雛に変え、卵に戻すことさえもできた。
私は、いつでも、その魔法で好きなだけ成長したり、今の姿に戻ることができるようになった。
二度目の生活はとても楽しかった。
ただ一つだけ、定例のマキシムとのお茶会を除いては。
10歳を過ぎた頃からマキシムは、3歳の見た目から成長しない私をあからさまに疎んじていた。
お茶会には遅れてきて、私を無視して、持ってきた本を読む。
私はふと、いたずら心からマキシムに成長魔法をかけてみた。40年ほど。
みるみるうちに、マキシムはふっくら太り、お腹がつきでてきた。そして、自慢げにかきあげていた金髪は、まばらになり頭皮をみせていた。
まあ、美しくない。
マキシムに抱いていた執着が、かけらも残っていないことに私は気がついた。
突然変わった自分の姿にパニックをおこし、泣きわめくマキシムを無視して、私は精霊執事の方に手を伸ばす。
うやうやしく私の手を取った執事は、妖艶に微笑んだ。
成長魔法はすぐに解除してあげたけれど、定例のお茶会はなくなった。
その後、私は優秀な成績で魔法学園に入学。過去最高レベルの成績を更新する。
3歳の見た目を侮っていた学生と教師に、成長魔法を見せつけたのは、最初の剣術の授業の時だった。
力量を知るためのトーナメント戦で、私は30歳ほどに成長し、剣術の教授のような逆三角形のムキムキの筋肉を身に付けたのだ。
クラスメイトの畏怖の目を集めて、トーナメントで優勝を飾った。もちろん筋肉だけで勝てたわけではなく、精霊執事がこっそりかけた、時よ止まれ魔法のおかげだってことは秘密だ。
寮生活ではずっと、一人部屋の特別室を独占し、転校生の黒髪の異世界人ヒナコには、すこしだけ、仕返しをしてやった。
そして、今日の卒業式で無事に王太子との婚約を解消させた結果、今は愛する精霊執事と二人になった。
「終わったわ」
「満足かい?」
「ええ、少しね」
パーティーの料理は美味しい。
異世界人が考えたメニューだそうだ。
特に醤油味の鶏肉は甘くて辛くて気にいった。
中庭のテーブルで、執事が取ってきたパーティ料理を味わう。
初めて出会った時と同じ、白い月が出ていた。
今日の月はどこもかけていない。
月明かりの下で、美しい精霊を眺めた。
これからどうしようか。
成人したし、婚約はなくなったし、自分を縛り付けたものは全てなくなった。
愛する人にも愛されている。
妖精の愛は重いけれど、精霊の愛はもっとずっと重いのかもしれない。
多分、私が心変わりでもしたら、この精霊は時を戻してやり直させるのだ。
もしかしたら、今までも何度もやり直しているのかもしれない。記憶を消されて。
それでも、求められるのが嬉しいと感じてしまうのは、ヒトよりも妖精としての感情か。
「ずっと私の執事でいてね」
「喜んで」
ヒト族のしがらみには、縛られない生き物だから。