これが二人の初デート
春真っ盛りの緑陰の館は、穏やかな静寂に包まれていた。
時刻は昼下がり。開け放たれた窓から心地よい風が入り込み、サロンのソファに横になっているライオットの前髪を揺らす。
ほんの少し前のライオットなら警戒心の強い猫のように、たったこれだけでも目を覚ましていただろう。
しかし今の彼は、前髪が揺れたことに気づくことすらせず、すうすうと寝息を立てるだけ。
「これはかなり……お疲れなんでしょうね」
深い眠りに落ちているライオットを覗き込みながら呟いたのは、この館の主である藍音だ。
「まったくもう、無理ばっかりするんですから。困った人ね」
ブツブツと小言を呟く藍音の声音は、どことなく甘い。ライオットを見つめる眼差しも以前のような不機嫌さはない。
それもそのはず。つい数日前、ライオットから告白を受け、二人は恋人同士になったのだ。
そして今日、本来なら初デートで街に遊びに出かける予定だった。
しかし迎えに来たライオットの目の下の隈を見て、藍音は彼の腕を掴んでサロンに押し込むと「ちょっと休みなさい!」と一喝した。
ライオットは大人しく上着を脱ぎ、タイを外すと、ソファにごろんと横になった。
……そうして今に至る。
迎えに来てくれたのは午前中だったので、かれこれ3時間は経っているけれど、ライオットが目を覚ます気配はない。
とんだ初デートになってしまったという気持ちは少なからずあるが、それより無防備なライオットの姿を見ることができて、藍音はまあまあ満足している。
しかし見た目は十代後半のバツイチ令嬢だが、中身はアラサー女子の藍音は恋人の寝顔を見るだけで満足できるほどピュアではない。
(今なら何やってもバレないはずだわ)
ふんすっと鼻息を荒くした藍音の頭の中は、不埒なことでいっぱいだ。
軽いキスをして、大きな手をいじくって、それから緩めたシャツから覗く胸元をガン見しようと決めた藍音は、細心の注意を払いながらライオットの顔を覗き込み、そっと口づけをした。
それから手を伸ばして、ライオットの手を握ろうとしたその瞬間──
「……っ……!!」
「つかまえた」
逆に手を強く引かれ、横たわるライオットの胸に飛び込む形となってしまった。
「ちょ、まって、待ってください!」
「何を待てばいいんだい?」
クツクツと喉の奥で笑うライオットは、全然寝ぼけていない。
「いつから起きていらしたんですか!?」
「今だ、今」
「嘘!絶対に……んっ」
問い詰める藍音の口を、ライオットは自分の口で塞いだ。そして名残惜しそうに唇を離すと、藍音を強く抱きしめる。
「君が傍にいるとつい気持ちが安らいで、深く寝入ってしまった。すまない。だが……思わぬ贈り物をもらえて、かなり嬉しいな」
遠回しにキスをしたことを喜ばれて、藍音は耳まで赤くなる。
「う、嬉しいんでしたら、黙ったままでいてくださいよ!」
はっきり言葉にされた恥ずかしさを、ちょっとはわかってほしい。
そんな気持ちで睨めば、ライオットは今度は声を上げて笑う。ライオットに覆いかぶさっている状態だと、彼の笑い声がいちいち耳にかかりドキドキがおさまらない。
(な、なんでこんなことになっちゃうのよ、もう!)
これは寝込みを襲おうとした罰なのか、それとも台無しになった初デートの帳尻合わせなのか。どちらにしても、不意打ちは苦手だし、慣れてない。
そんな気持ちから、まずは落ち着こうとライオットから距離を取ろうともがくが、太い腕は藍音を離す気はなく抱きしめる力が更に強くなる。
もがくこと数分、ヘロヘロになった藍音は、やっとライオットから解放された。
しかしその後、何かのスイッチが入ったライオットの熱は冷めることなく、藍音は夕方までこのサロンで濃密な時間を過ごすことになった。




