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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第三章 夜会では優雅に品よく、お別れを

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 炸裂音と共に花火が夜空を彩る。すぐに少し離れた場所から歓声が上がる。おそらく王城のテラスやバルコニーに移動した招待客の声だろう。


 時刻を報せる鐘の音も響き渡り、そろそろ日付が変わることを知る。


 年越しを賑やかに過ごせる者は、去りゆく年が実りあるもので、迎える年もきっと同じようにと無邪気に願える幸せな人達なのだろう。


 ――私、元の世界で能天気にはしゃぐことができたのは、幾つまでだった?


 間違いなく楽しい年越しをした記憶はあるけれど、直近の記憶では味気ないものばかりだ。


 そんなふうに他所に気持ちを向ける藍音は、ライオットとの話を軽視しているわけじゃない。


 目を伏せ、打ちひしがれてしまったライオットにどう言葉をかけて良いのかわからないだけだ。


「旦那様、今度はわたくしのお話を聞いていただけますか?わたくしも貴方の知らない真実を持っているのです」


 悩んだ末に、割と直球で切り出せばライオットはぎこちなく頷いてくれた。


 ベンチに座る藍音は、身体の向きを変えて隣に座るライオットを覗き込むように語り出す。


「ついさっき貴方が語ってくれたお話の中に、イレリアーナ殿下がわたくしに害を与えないよう細心の注意を払っていたと仰っておりましたが……実は彼女は侍女のジリーを使ってわたくしを毒殺しようとしました」

「なっ……!!」

「ご安心ください。毒は飲んでません」


 嘘を吐いたことに、藍音の胸が無数の針で刺されたように痛む。


 ――ごめんね、アイネ。


 これまでずっとアイネの為に生きてきたのに。きっとこれを一番伝えないといけないのに、どうしても真実を伝えることができない。


 魂が入れ替わったことなんてライオットが信じてくれるわけがないと言い訳をして、逃げているわけじゃない。


 あの日――現世と黄泉の国の狭間にあった小川から流され藍音がアイネとなった時、藍音ははらわたが煮えくり返るほど怒っていた。それこそレブロン邸ごとぶっ壊す気でいた。


 しかし、たった三ヶ月という短い時間の中で色々なことを知ってしまったのだ。


 毒殺した犯人がジリーじゃなかったこと。それどころかジリーはアイネの唯一の味方でいてくれたこと。


 ライオットだってアイネを憎んでなんかいなかった。不器用ながらずっと守ろうとしていた。


 アイネの父ルードヴェイだって継母ルマリアだって、長い間拗れていたとはいえアイネのことを疎んでなんかいなかった。


 屋敷の使用人たちだってそうだ。執事グロイに始まりリイネや他のメイド達は、ヒューイの一件からアイネに笑顔を向けてくれた。夜会の準備の時は誰がアイネの髪をセットするかで揉めてくれるぐらいに。


 すれ違っていたことは認める。誤解が生じて関係に亀裂が入ったことも。アイネが泣き暮らさないといけない状況だったことも。


 しかし一つ一つ解していけば、アイネを慕ってくれている人が沢山いたのだ。


 藍音はその人達から笑顔と優しさを直接受け取った。アイネが死んだことを伝えるのは、温かく思いやりに満ちたそれらを地面に叩きつけ踏みにじることと同じに思えてどうしても言えなかった。  


 ただ、アイネが死んだ直接の原因であるイレリアーナを許すことは断じてできない。


 己の手でイレリアーナを断罪したい気持ちは、今でも消えてなんかいない。


 しかし自分より彼女を裁く権利を有する人物がここにいる。しかも自分より、より高度な裁きを与えることができるときたものだ。仕方がない。特別に譲ってあげよう。


 ジリーと約束したのに実行できず申し訳ないし、アイネにどんな顔を向けて良いのかわからない。でもライオットならきっと――


「ジリーがイレリアーナから受け取った毒が入った瓶をわたくしは保管しております。それとヒューイは彼女の配下になってましたから、レブロン家の財産を不正に使った証拠もございます。屋敷に戻りましたら旦那様にそれを差し上げます。どうかお役に立ててくださいませ」


 目を見開くライオットに、藍音は言葉を続ける。


「あ、ジリーをいっぱい誉めてあげてくださいませ。あの子はとっても優秀です。だってイレリアーナ殿下を騙して、毒が入った瓶を処分しないでわたくしに渡してくれたのですよ?すごい勇気です。それに帳簿付けもできるし、ヒューイの不正も彼女の協力無しでは掴めませんでした」

「そうか。なら、彼女の父親の商会を懇意にしなければな」

「ええ。そうしてくださいませ。石鹸一つから大きな家具まで。注文できるものは全部ジリーのご実家を通してあげてくださいませ」


 本当は、この手でジリーの父親が受けた屈辱を100倍にして返したかった。


 でも商人の立場からすると過去を振り返るより、未来の超お得意様を紹介するほうが喜ぶような気がする。そうであって欲しい。


「わかった。君の要求を呑もう」


 ライオットは静かに言った。藍音は無言で微笑む。


 全てを託した自分は肩の荷が降りた感が否めない。しかし託された側は、これから先きっと責任の重さに苦しむことになるだろう。


 ならせめて、休息を与えてあげたい。


「では、そろそろ行きましょうか。今日は色々なことがあってお疲れでしょう?早めにお休みください」


 労わる言葉をかけて立ち上がった藍音の手首を、ライオットがそっと掴んだ。


「もう二度と復縁を望むことはしない。そしてジリーへの謝礼も約束する。イレリアーナの件も君が掴んでくれた証拠を絶対に無駄にしないと誓おう。……ただ一つだけ、条件を付けていいか?」


 抗えないほど強く掴まれていないはずなのに彼の手を振り払えないのは、わずかな時間でも彼に惹かれてしまったからなのか。

 

「……な……なんでしょう」


 内容次第では断るかもと匂わせてライオットに続きを促せば、彼は一旦手を離し、すぐにアイネの手を両手でぎゅっと握って願いを口にした。


「この花火が終わるまで、私のそばにいてほしい」


 侯爵家当主にしては随分小さな願いごとだ。だが、離縁に同意した夫にしてはなかなか図々しい願いだった。


 藍音は小さく笑う。


「わかりましたわ」


 ライオットと腕がくっつくほど近くに座り直した藍音は空を見上げる。


 夜空に次々に打ち上げられる花火は、もとの世界では鎮魂の意味があったそうだ。


 なら今日の花火は、アイネとライオットの妹シャロテのためのもの。


「……奇麗ですね」

「ああ、奇麗だな」


 目を合わさず言葉だけを交わす。


 これが最後だとわかっているからこそ、美しい光景を目に焼き付けたい。


 ――来年の年の瀬を迎える時には、貴方の心が少しでも安らいでいますように。


 これは個性を捨てなければと戒めていた自分に一つだけ許した、藍音の祈りだ。


 ただもし許されるなら、芽生えてすぐに消さなければならないこの想いも、この花火でどうか慰めて欲しいと藍音は祈った。

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