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 ――……コイツ。妻に金さえ与えておけば万事解決って思ってるんだ。最低。


 金すら与えられずに、ひいこら生活に追われていた過去を持つ藍音が同情なんてしちゃいけないけれど、アイネはずっとこんな屈辱に耐えてきたのだ。


 夫に無視されようが、愛人がいようが、三食昼寝付きの生活なんて羨ましいと思っていた自分が恥ずかしい。アイネは愛人より格下の売春婦扱いされてきたのだ。しかも指一本触れられない飼い殺しの生活を。


 それに気付いた途端、藍音の怒りのボルテージはマックスになった。感情が抑え切れずテーブルを叩きつけて力の限り叫んだ。


「そういうところが嫌なんです!ほんと、もう限界!!わたくし誰がなんと言っても貴方と絶対に離縁します!!」 


 こんな男に飼われるなんて、もう一分一秒だって耐えられない。今すぐにでも離縁状を持って教会に駆けこんでやる。幸か不幸かわからないけれど、白い結婚による離縁申請証は手元にある。


「それでは、失礼しますわ」


 固く決心したアイネは席を立とうとした。しかしライオットが鋭い声で呼び止めた。


「あらあら旦那様。この期に及んで何か言いたいことでも?」

「ある。座りたまえ」

「嫌です。誰が貴方の命令なんか――」

「私は君の言われた通りにした。なら君だって、こちらの要望を聞くべきだ」


 なんて図々しい男なのだろう。藍音は“嫌い”以上の感情って何て言うのだろうと本気で頭を悩ます。


「アイネ、座りなさい」

「……ちっ」


 聞こえないように舌打ちをして着席してあげたけれど、しっかり聞こえていたようでライオットの眉間に皺が刻まれる。


「で、旦那様。呼び止めたからには、それなりのお話があるのですわよね?」

「ああ」


 さっさと自室に戻りたい藍音が水を向ければ、ライオットは眉間の皺を取らぬまま語り出す。とんでもなく腹が立つ内容を。


「君は私に離縁を申し入れたけれど、君はそんなことを言える立場なのか?」

「立場です」

「ほぅ」


 即答した途端、ライオットのエメラルドグリーンの瞳が細くなった。まるで獲物を捕らえようとする豹みたいでちょっと怖い。


「確かに君の言う通り私にも非があったことは認めよう。だがしかし2年もの間、女主人としての責務を放棄していた君は完全なる被害者なのか?」

「......っ」


 嫌な言い方だ。指摘してほしくないところをズバズバ刺してくるライオットに、藍音は唇を噛む。


「なによ……愛人囲っている現状と責務放棄を同じ天秤にかけるなんて最低だと思わないのですか?」

「彼女は愛人じゃない」

「あーはいはい」

「なんだその言い方は」


 アイネの記憶にすらない低い声が身体に響き、自分の意思とは無関係に指先が震える。


 思い通りにいかない現状と、お飾り妻のまさかの反抗に、ライオットは激しい怒りを覚えているのだ。


 ――やっば。殴られるかも。


 藍音は気が強い方だ。でも運動神経は良くはない。アイネもきっと人並みの運動神経しか持ってないだろう。


 そんな状態でこの長身の男が本気で拳を振り上げた時、果たして避けられるだろうか。頭の中で瞬時に計算した結果、答えは「絶対に無理」と出た。


 なら、逃げるしかない。


「......わかりましたわ、旦那様。貴方の主張を受け入れましょう」


 だから落ち着いて、殴らないでと下手に出れば、ライオットは一先ず怒りを抑えるために額に手を当て息を大きく吐く。


 彼の怒りが完全に鎮まるのを待って、藍音は再び口を開いた。


「わたくしが二年もの間、部屋に閉じ籠り何もしなかったことは認めます。えっと......その......ごめんなさい」

「いや、わかればいい」


 殊勝な態度を取った途端、偉そうにふんぞり返るライオットの頭を張り倒したい。しかし、ここは我慢だ我慢。


「ですから、これからはきちんと責務をまっとうさせていただきます」

「無理はしなくていい。君はこれまで通り屋敷で過ごしてくれれば――」

「いいえ。やらせていただきます」


 ピンと背筋を伸ばして宣言すればライオットの瞳は怒りに染まった。しかしすぐに口元に笑みを浮かべる。


「そうまで言うならやればいい」


 どうせできるわけがないというニュアンスを含んだ物言いだったが、藍音は何も言わず立ち上がる。


「ではお話は以上ということで」

「......あ、ああ......そうか......以上か」


 言い淀んだライオットの続きの言葉を待つこと無く、藍音は彼の部屋を出た。





 しばらく適当に廊下を歩いて、前後左右に誰も居ないことを確認すると藍音はぐっと握りこぶしを作った。


「っしゃー!」


 悔しい思いもしたし、腹も立ったし、身の危険を感じたりしたけれど、何だかんだ言ってうまくいった。


 ライオットは自分の妻の身体に違う人間の魂が入り込んだなんてきっと想像すらしていないだろう。ましてその人間が、数字に強く帳簿付けを得意とするなんて。


「今に見てなさいよ。絶対に吠え面をかかせてやる!!」 


 こうなったらレブロン家の財産を全部把握して、慰謝料ガッツリぶん取ってやる。 


 悪役令嬢バリの台詞を吐いた藍音は、意気揚々と自室に向かう。しかしその数分後、いきなり危機が訪れた。



「……部屋がわかんない」


 2年もの間、引きこもりライフを送っていたせいで、アイネは屋敷の間取りを把握していない。


 お陰で藍音はそれから小一時間、屋敷の中を彷徨うことになってしまった。

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