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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第三章 夜会では優雅に品よく、お別れを

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 夜会慣れしているライオットの立ち振る舞いは、流石としか言いようがなかった。


 巨乳の令嬢や妖艶な人妻からの流し目を無視して、懇意にしている貴族への挨拶をこなし、新米紳士へのさり気ない気遣いをする。


 中には悪意を持って接してきた招待客もいるけれど、その際は冷ややかな笑みで黙らせる。


 もちろん中身が28歳の藍音だって、愛想笑いと当たり障りない会話はアイネより断然上手いのでライオットの足を引っ張ることは無い。


 意地の悪い質問をぶつけてくる連中には必殺技のアイネスマイルで質問を質問でお返しする。当然、相手はまともな返事ができるわけないので、そそくさと撤退してくれる。


 ただ、あまりに藍音が招待客を華麗に捌くのを見て、ライオットは不思議そうに首を傾げた。


「君の話術は、御父上から教えてもらったのか?」

「まさか」


 ルードヴェイとアイネは、会話らしい会話をするどころか、食事の時すら顔を合わせない。そんな親から何を教わるのか。


 そんな気持ちできつい口調で返事をすれば、ライオットは「なら、誰に教えてもらったんだ」としつこく尋ねてくる。


「そうですわね……強いて言うなら友人から」

「友人?」

「ええ。わたくしより年上で、貴方よりもちょっと年上の方です」

「それは男なのか?」

「……女性ですわ、女性」


 最後の質問には呆れてしまった。


 まったく不貞行為をしている男から不貞行為を疑われるとは。


「わたくし貴方と違って、貞操はきちんと守りますのよ、旦那様」

「……別に疑ったわけじゃない。ただ私だって人並みに嫉妬ぐらいはする」

「へぇ」


 今日は理想の妻でいようと思った矢先に、こんな冷めた声を出してしまったが仕方がない。

 

 だってまるで妻を心から愛しているように耳を赤くしながらそんなことを言うライオットが悪いのだ。


「ところでアイネ、もう挨拶は済ませたから。そろそろ踊ろうか」


 わざとらしく咳ばらいをしてダンスホールに誘うライオットに向け、藍音は言いたいことを呑み込む代わりに肩を竦める。


「ま、そうですわね。踊りましょうか」

「では、手をこちらに」

 

 手を絡めろと腕を出すライオットに、藍音はアイネスマイルを浮かべて無言の断りを入れ、さっさと一人でダンスホールへ向かった。





 着飾った男女がペアになって踊るホール内で、藍音はライオットにリードされながらダンスを披露した。


 練習の時にはとことん藍音を振り回してくれたライオットだが、今日は人の目があるせいで、力強いリードでありながら藍音が悲鳴を上げないよう気遣ってくれる。


 シャンデリアから降り注ぐ灯りと、楽団の素晴らしい演奏の中、藍音は誰よりも注目されている。


 ライオットに背を支えられ、桜色の髪と深海から空色に変わる美しいグラデーションのドレスが揺れる様は、年の瀬の夜会に最高の(いろどり)を与えていた。


「……ジリーが声が出せなくなるキャンディをくれたのですが、舐めずに済んで良かったですわ」


 心から安堵の息を吐く藍音に、ライオットは眉間に皺を寄せる。


「そんな危険な食べ物を安易に口に入れるのは良くない」

「ご安心を。ちゃんと毒見はしましたから。二人で」

「……二人でだと?」

「そう。わたくしとジリーの二人で」

「それでは毒見の意味がないじゃないか」


 呆れ顔になったライオットに、藍音はどうとでも取れる笑みを向ける。


 優しい音楽に満ちているこの空間は、ライオットの小言を聞き流すことができるくらい居心地が良い。


 何よりここにいる男女は、自分のステップを間違えないようにすることが最優先で、他人のことに構っている余裕が無いようだ。


 もちろん藍音だって、ここでライオットの足を踏むなんていう失態は絶対に犯せないから、彼のリードに身を預けている。


 きっと今自分達は、傍から見たら仲良く踊っているようにしか見えないだろう。


 そう思われることはちょっと不快に思う藍音だが、アイネがやりたかったことを、また一つ叶えることができたことに達成感を覚えている。


 コルセットは苦しいし、ヒールは高すぎて足が痛いけれど、とても幸せだった。


「……嬉しいですわ」

「私も嬉しい。君がそう言ってくれたから」


 ライオットの勘違いを訂正することなく、藍音は音楽に耳を澄ませ頭を空っぽにする。


 そうしてダンスを踊っていれば、もしかしたら現世と黄泉の国の狭間にいるアイネが自分を通してこの光景を見てくれるのではないかと期待して。




 ダンスを踊り終わると、藍音達は再び広間に向かった。


 喉の渇きを覚えてウェイターから飲み物を受け取ろうとすれば、タッチの差でライオットに奪われてしまう。


「これは少し強い酒だから、君はこっちの方が良い」


 グラスの中身を一口飲んだライオットは首を横に振って、違うウェイターが運んでいたグラスを手に取った。


 繊細なデザインのグラスの中身は果実のジュースだった。


「わたくし、多少強いお酒でも大丈夫ですよ?」


 むしろ今はアルコールが欲しい。ビールならもう最高。しかし見た目が18歳の若奥様には、それは過ぎたる願いだった。


「飲みなれてないくせに、強がらなくていい。酒が飲めないことは恥ではない」


 グラスを持つ指先まで芸術的なのに、言うことはどうしてこう斜め上の方向に間違うのだろうか。藍音は額に手を当て溜息を吐く。


 その姿が拗ねているようにでも見えたのだろうか。少しして、ライオットから軽めのお酒が入ったグラスを手渡された。


 




 ダンスも無事に踊れて、お酒もちょっとだけ飲めて。招待客からはさほど嫌な思いを受けなくて、ついでに小説の登場人物である側室達もチラ見ができた。


 前日は不安でなかなか寝付くことができなかったけれど、いざ始まってみれば順調に事は進んでいる。


 ――このまま、無事に終わりますように。


 時刻を知らせる鐘の音が会場に響く中、藍音は祈る。しかし4回目の鐘の音が響いた瞬間、恐れていたことが起きてしまった。

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