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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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『……そうさせたのは、お前だ』


 そう言ったルードヴェイは感情が高ぶり、眉がピクピク震えている。灰色の瞳はまごうこと無き憎悪の色を湛えている。


 それでも彼はアイネの親らしく整った顔をしており、元の世界でなら女子社員の一人や二人は熱を上げるだろう。


 でも藍音の目から見るルードヴェイは、とても醜く映っている。

 

 それはこの世界に流れて来てから、まともな男性に会っていないせいでそう見えるのか、ルードヴェイの性根が腐っているせいで顔が台無しになっているのか。その両方なのか、もしくはまったく違う理由なのか……。


 頭の隅でそんなことを考えながら、藍音は静かに口を開いた。   


「お父様が仰っているのは、義母であるルマリア様との一件のことですね」

「……ああ、そうだ」

「やはりそうでしたか」


 ここで藍音はお茶を一口飲んだ。これから長々と語らないといけないから。


「言っておきますが、わたくしは一度だってルマリア様のことを嫌ったことはございません。そして今も、わたくしはルマリア様に好意を持っております」


 訂正をして、ゆっくりとティーカップをソーサーに戻した途端、ルードヴェイはテーブルを叩きつけた。


「ふざけるな!お前の言葉には矛盾があるっ。ならどうして母と呼ぶことはしない!?答えろ!」


 耳をつんざくほどの怒声を聞いても、藍音はやっぱりそうかと思うだけ。


 だって知っているから。ルードヴェイの怒りも、アイネがなぜ義理の母ルマリアを母と呼ばずにいるのかも。


「そう大きな声を出されなくてもお答えします。……それはルマリア様が亡き母の代わりじゃないからですわ」


 にこりと笑って答えた藍音に、ルードヴェイは目を大きく見開いた。


 そんなアイネの父に向かい藍音は言葉を重ねる。


「あの日……9年前にルマリア様がディロンセ邸にやって来た時、わたくしがあの方を母と呼ばずに名を呼んだのは、母の代わりとしてではなくこれから家族になる一人の人間として歓迎したかったからですわ――」




 今を去ること9年前の夏の頃、ルマリアは後妻としてディロンセにやって来た。5歳になる息子フェリクスを連れて。


 日差しが強く、じっと立っているだけで汗ばむ中、ルードヴェイと共に馬車を降りたルマリアは硬い表情をしていた。


 後で知ったことだが、ルードヴェイとルマリアは再婚同士で互いの伴侶とは死に別れていた。


 アイネの記憶によるとルマリアの生家は男爵位で財政的に厳しい状況だった。そんな彼女にルードヴェイが手を差し伸べたのは、彼女の容姿がとても美しかったから。そして同じ境遇に共鳴したからだろう。


 しかし表向きは子供には母親が必要だという大義名分の下で迎えられたルマリアのことを使用人達は、亡き母の代わりという目で見ていた。


 はっきり言ってしまえば“それなりの礼は尽くすけど、あんたは女主人じゃないからね”という割り切った対応だった。


 夏の強い日差しとか、庭園にどんな花が咲いていたとか、どんなドレスを着ていたか……それらは全然覚えていないけれど、青白い顔をしてフェリクスの手を引きながら屋敷に足を踏み入れるルマリアの表情だけははっきりと記憶に刻まれている。


 それほどアイネにとって、ルマリアの存在は大きかったのだろう。


 仕事ばかりで家に寄り付かない父親と、憐憫の目を向ける使用人たち。屋敷は無駄に広く、働く人達はこんなにも多いのに、心を開く相手がいない現実にアイネは強い孤独を覚えていた。


 だからアイネは自分だけは違うとルマリアに伝えたかった。大勢の使用人達がいる前で名前を呼ぶことで「貴女は誰の代わりでもない」と、皆に知らしめたかった。


 結果として、それは失敗だった。


 血のつながらない娘から母親と認められなかったルマリアは、夫に助けを求めることも不満をぶつけることもせず、ただただ距離を取った。


 連れ子のフェリクスもそんな母を見て、アイネに近付くことはしなかった。


 同じ屋根の下、4人の家族は二つに分裂した。アイネとそれ以外に。


 客観的に見て、アイネのあの時の行動は正しいとは言い難い。むしろ誤解を生むためにわざとやったようにしか見えない。


 正論を言うならば、間違いを犯したのはアイネなのだから自分からちゃんと誤解を解く努力をすべきだった。どれだけあしらわれようとも、無視されようとも。


 しかし当時のアイネは、10歳にも満たない子供だった。


 伝えたいことを上手に伝えられないことも、間違った伝え方をしてしまったことも、そこに悪意が無いのなら「ごめんなさい」の一言で済まされるはずだった。


 なのに誰もアイネを叱らなかった。どうしてそんなことを言ったんだと訊くことすらしなかった。


 たった一度追求するだけで、家族の未来は大きく変わっていただろうに。親ならば子の過ちを正すべきだったというのに。


 それでもアイネが悪いと判断する人は居るだろう。けれど藍音はアイネだ。世界中の人間がアイネに味方をしなくても、藍音だけは全面的に味方すると決めている。


「お父様、今日までこの気持ちをお伝えせずにいたことは謝ります。ごめんなさい」


 もう何度目かわからないその言葉を紡ぐと藍音は立ち上がった。そして壁ガラスの前に立ち、外の状況を確認する。


「馬車の用意はできているようですから、そこまでお送りいたしますわ」


 言外に、もういいから帰れとルードヴェイに告げれば、彼は何か言いたげな態度を残しつつも椅子から立ち上がり、ゆっくりと温室を出た。

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