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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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「……楽しそうだな」


 少し考えて、でも見たままを口にした男――ライオットに、藍音は無言のままジロリと睨む。


「貴方の目には遊んでいるように見えるのですね、わたくしは」

「すまない。ちょっと面白く……いや、新鮮だったもので」

「朝から面白いものを見ることができて、良かったですわね。旦那様」


 ライオットが差し伸べた手を無視して藍音は自力で立ち上がると、そのまま自室に戻ろうとした。


 しかしアイネの細腕を、ライオットが掴んだ。


「どこに行こうとしてるんだ?君の御父上は、本日はサロンではなく温室を希望されているから、あっちだ」

「え……あの……その」


 今から風邪を引くために部屋に戻るとは言えない藍音は狼狽える。


 それと同時に今頃になって、ライオットが自分を探していたのは父親と会わせるためだったのかと気付いた。


「旦那様、わたくしは既に嫁いだ身ですので……お父様にお会いする気は」

「ないと言いたいのか?おや、不思議だな。つい先日、君は離縁したいと私に念押ししたような気がしたが」

「……ええ。それは間違いではございません。でも、今は」

「都合よく既婚者という建前を使って、御父上と顔を合わせたくないということだな」


 正にその通りだが、それを言葉にするほど藍音は愚かではない。でも感情を抑えることができず、ムッとしてしまう。


 そんな藍音を見てライオットは呆れたように肩をすくめた。


「確かに毎月、毎月、嫁がせた家門の元に訪ねてくる父親はクルークリン国中を探しても、君の御父上だけだろう。しかし、そんな御父上に会おうとしない君だって」

「クルークリン国中を探しても居ないとでも言いたいのですか?」


 ライオットの続きの言葉を奪って軽く睨めば、彼はわずかにたじろいだ。


「別に、わたくしだけで結構でございます。今更、良い娘になるつもりなんてございませんから。では――痛っ」


 一方的に言い捨てて部屋に戻ろうとした途端、それを引き留めるようにこめかみに痛みが走った。


 この痛みには覚えがある。アイネの記憶が大量になだれ込んで来るときに感じる痛みだ。


 景色が変わる。


 モノクロ映画のような、それでいて一部だけ桃色に染まっている。これは9年前のアイネの記憶――。


『はじめまして、おか……いえ、ルマリアさま』


 たどたどしい口調で、でも歓迎の気持ちを込めてアイネは微笑みながら、美しい女性にそう言った。


 すぐに辺りの空気が張り詰め、ルマリアの表情は凍り付いた。


 ――アイネ、おーい!おいおい!なんてことを!!……あ、そっか。 


 悲鳴に近い声を上げる藍音は、何故このタイミングでこんな記憶が与えられたのかを瞬時に悟った。


 そしてアイネが藍音に何を求めているのかも。


「アイネ……おい、アイネ。大丈夫か?」 

「……あ……旦那……様」


 切羽詰まったライオットの声で藍音は現実に引き戻された。


「顔色が悪い。歩けるか?すぐに横になった方が良い。ああ、そうだ。医者も呼ばなくては」


 今にもグロイを呼びつけそうなライオットの袖を掴んで、藍音は「待て」と言いたげに首を横に振る。


「いいえ、旦那様。わたくしが向かうのは自室ではなく、温室にございます」

「は?こんな体調でか?やめておけ、倒れてしまうぞ」

「体調はすこぶる良いのでご安心を。では」


 儀礼的に微笑み温室に向かう藍音をライオットはもう引き留めることはしなかった。


 ただ、よく訓練された犬のように後ろをトコトコと付いてきた。

 



 アイネは屋敷の使用人から軽んじられていた存在だけれど、底意地の悪いヒューイは屋敷の使用人から大層嫌われていた。


 そんな人間の不正を暴き屋敷から追放したアイネは、たった数日で人気度が爆上がりした。


 その証拠に、温室の扉を開ける使用人の表情はにこやかで「お寒いでしょう。どうぞ中へ」と気遣う言葉まで付け加えてくれる。


 もちろん笑顔で受け止め藍音は、温室に足を踏み入れる。5歩、足を進めたところで笑みが消えた。


 温室の中央に用意されたテーブルセットに着席している一人の貴族紳士を見たからだ。


「遅いぞ」


 もともと神経質そうな細い眉と氷のような灰色の瞳が娘の姿を収めたと同時に更に不機嫌そうになる。


「あら、お父様。女性は支度に時間がかかるというものをご存じなくて?ふふっ」


 暗に約束も無しに来るお前が悪いと伝えれば、ルードヴェイはむすっと押し黙った。


 そんな父親を横目に、藍音は向き合うように着席する。


「そこの貴女、わたくしにもお茶を用意してくださるかしら?」

「はい。奥様」


 名も知らないメイドはすぐに藍音の前にティーカップを置く。ミルクも添えられ、目が合えばニコリと微笑まれた。ヒューイの解雇効果、恐るべし。

  

 そんなことを考えながら藍音はティーカップを優雅に口元に運ぶ。ただ一口飲んで、豪快にむせた。


 温室の柱の影に、夫であるライオットを見付けてしまったから。


「ゴホ……ゴホゴホッ……え、だ、旦那様!?」


 咳き込みつつ声を上げれば、ライオットはバツが悪そうな顔をしながら姿を現す。そしてカツカツと革靴を響かせ、アイネの父親の前に立った。


「ごきげんよう、ディロンセ卿。よろしければ私も同席しても?」


 クルークリン国は絶対的な階級制。


 侯爵家の当主からそう言われてしまえば、伯爵家当主は否とは死んでも口にできない。


「このような素晴らしい温室で、レブロン卿と茶を飲めるとは光栄の至りだ。是非とも同席いただきたい」


 感情を乗せぬ声でそう言ったルードヴェイは、ちっとも光栄なんかじゃないと言いたげに、最後はふんっと鼻を鳴らした。

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