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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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 翌日、ヒューイは解雇され屋敷から追い出された。


 この世界では転職する場合には、身分証明書の代わりに以前働いていた職場からの紹介状が必須となる。


 しかしヒューイには紹介状どころか退職金も与えられなかった。これは元の世界でいうところの懲戒免職処分ということになる。


 この一件で実家からも勘当された彼はこれから先、他の貴族の屋敷で働けないのはもちろんのこと、一生名門貴族で失態を犯した男という肩書きがついて回る。そのため、まともな職につくことは絶望的だ。


 個人的にはもっと酷い末路を迎えて欲しかったと願ってしまう藍音だけれども、量刑は妥当である。


 ただ一つ悔やまれるのは、この不正にイレリアーナが関与していたという証言を得られなかったこと。


 もし、ヒューイから有力な証言を得られていたなら、アイネが受けた雪辱とジリーの父親が受けたとばっちりを100倍にして返すことができたのに。


 そんな風に煮えたぎるような悔しさを抱えながら、藍音は屋敷の庭の垣根の前に立ち、その向こうにいる侍女を従えながら薄く笑う女――イレリアーナに視線を向ける。


 イレリアーナも藍音の視線に気付いて、こちらに身体ごと向いた。


 毒々しい赤色の紅を差したイレリアーナの唇が、わずかに歪む。しかしそれは一瞬のこと。彼女は、さも可笑しそうにケタケタと声を上げて笑った。


 揺れる肩に合わせて波打つ赤い髪。傲慢さが滲み出ている赤紫色の瞳。この寒空の下、豊満な肉体を見せつけるかのような大きく胸が開いたドレスは、遠目からでも最高級の生地で仕立てられているのがわかる。


 でも大口を開けて笑うその姿は、下品にしか見えない。


 これまで我を通しまくってきたイレリアーナのことだ。どうせ「殺せなかったら、また殺せば良い」とでも思っているのだろう。 


「……そうやって笑っていられるのも今のうちだから。今に見てなさい」


 これまでの睡眠不足を補うために昼まで寝たかったのに定刻通りに起きたのは、アイネの姿をイレリアーナに見せつけるため。


 彼女が住む別邸と藍音達がいる本邸は、かなり距離が離れている。ヒューイを解雇したのはついさっきだから、きっとイレリアーナの元にはまだこの事実は届いてないだろう。


 そして彼女が部屋に戻る頃、ようやく己の手駒が減ったことに気付くのだ。


 ――思いっきり悔しがりなさい。そして状況が変わってしまったことに、取り乱して怯えなさい。


 王城を追放されたイレリアーナは、王族としての価値は無くなった。国王とて、こんな危険人物を外交の駒にしたくはないだろう。


 つまりレブロン家がイレリアーナにとって最後の住処。悪事が発覚してここを追い出されたら、もう修道女になるしか道が残されていない。派手好きな彼女にとって、それは耐え難いはずだ。

 

 だからアイネが生きているとわかっても、すぐに殺そうとすることは無い。時間をかけてバレないように、かつ確実に息の根を止めるだろう。


 それがわかっていたから、藍音はイレリアーナにアイネの姿を見せつけた。いわばこれは、宣戦布告のようなもの。


「……へぇ、受けて立つ気なんだ」


 大笑いを止めたイレリアーナは、芝居がかった仕草で腕を組み、忌々し気に睨み付けてくる。藍音も唇の片方の端を持ち上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。


 その時、二人の間に湿気を孕んだ冷たい風が吹き抜ける。


 それを合図に、藍音とイレリアーナは同時に背を向け、振り返ることなく互いの住処へと戻った。


 





 イレリアーナにアイネが健在であることを知らしめてから5日が過ぎた。冬まっさかりになった王都ラタネでは本日、初雪を記録した。


 街にフワフワと降り注ぐ雪はまるで天使の羽のようで、自室の窓からそれを見ていた藍音は童心に帰って、上着も羽織らず庭に出てしまった。


 それが大いなる過ちだった。


「げ」


 たった一文字を紡いだ後、藍音は慌てて庭の茂みに隠れた。見覚えのある家紋を掲げた馬車を目にしてしまったから。


 双頭の鹿が鍵を咥えているザ・ファンタジー的なそれはディロンセ家――アイネの実家の家紋である。そして紋章が刻まれた馬車に乗れる人物となると……


 ――やっば。お父さん登場ってわけ!?


 茂みに隠れたまま邸宅の玄関に横付けされた馬車から降りてきたのは片眼鏡を掛けた壮年の紳士。しかも髪色はアイネと同じ桜色である。


 記憶の限りでは、アイネとアイネの父ルードヴェイ・ディロンセの仲は最悪だった。


 もともと子煩悩な男ではなかったけれど、後妻を迎えてから冷たさが増した。ちなみに後妻の連れ子フェリクスには息子というのもあって、まぁまぁ優しい。


「何しに来たのよーっ、もぉー」


 茂みからビヨンと伸びた枯れ枝を掴んだ藍音は、不満の声を上げながら仮病を使うか本気で悩む。


 幸いアイネは薄幸の美少女だ。一度も陽に当たったことがないと思わせる白い肌なら、ベッドに横になって辛そうな素振りを見せれば誰も疑うことはない。


 付け加えると、これは藍音の職場に限ってのことだが、繁忙期ではないけれど何となく有給申請しにくいときに風邪で休む同僚の三分の一は計画的仮病だった。藍音も何度か使わせてもらったことがある。


「よし、風邪をひこう」


 そうと決めたら早々に寝室に戻るのが吉である。誰にも気付かれないまま寝間着に着替えて、ベッドに潜り込めば万事解決だ。


 しかし、世の中そう甘くはなかった。


「ああ、アイネ。こんなところにいたのか。探したぞ」


 まだ耳に馴染まない男性の声が頭上から降ってきて、藍音はしゃがみ込んだまま飛びあがってしまった。

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