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 目の前に立ったジリーを、藍音は一先ずにこやかに出迎えた。


「おかえりなさい、ジリー。早速だけれど、ちょっと向こうに移動しましょうか」


 持ち逃げしてきたリストを持ち上げ、藍音は裏路地に目を向ける。すぐに察したジリーは、もごもご口を動かしながらコクリと頷いた。


 少し歩いた先にある裏路地は、平民を対象にした安価な雑貨屋や古本屋、それから酒場がひしめき合っている。


 幸い酒場は開店時間前なので行きかう人達は女性と子供達ばかりで治安は悪くないし、身なりの良い藍音達がそこにいても誰も気に留めていない。


 これなら安心して立ち話ができそうだ。


「お待たせしちゃったみたいで、ごめんなさいね」


 一先ず藍音は謝罪を口にした後、大きく息を吸う。次いでにっこりと笑みを浮かべて口を開いた。


「やっぱりヒューイはヒルイン工房でわたくしの名を使って宝石を買いあさっていたみたいだわ。見て、このリスト。帰ったらさっそく使途不明金と照らし合わせないといけないわね。あと、ヒューイが何で宝石をこれほど買っていたのかわからないから、使い道も調べないといけないわ。ですから、立ち寄るお店に質屋とヒルイン工房より格下の宝石店も加えたいの。そうなると……靴屋と帽子屋と衣装店と銀職人の工房と家具屋を聞き込みして、最後に質屋と宝石店……ですわね。だいぶ陽も傾いてしまったから、急いで周りましょう。あと脇に抱えているお菓子、わたくしに全……いえ、お一ついただけるかしら?」


 よくよく考えたら、この菓子はジリーが自腹を切って買ったもの。全部食べるのは横暴すぎる。


 そんな訳で、菓子一つでチャラにしようと思って、藍音は手をにゅっと出す。すぐに焼き菓子が一つ手のひらに乗せられた。


 砂糖が塗されているチュロスもどきは揚げたてなのだろうか、まだほんのりと温かい。

 

「美味しそう……いただきます」


 遠慮なく一口齧れば、予想以上にしっとりとした触感と甘さが口の中に広がる。


 噛み締めるごとに柑橘系の香りが鼻に抜けて、濃厚なのにすっきりとした味だ。元の世界でも、なかなか口にできない美味しさに藍音は、食べることに専念する。


 そんな中、菓子を食べ終えたジリーがおもむろに口を開いた。


「私が不甲斐ないばかりに、奥様に全てをお任せしてしまい申し訳ございませんでした。お一人でさぞや不安だったでしょう……それなのに、リストを入手していただいたのに加えて、ヒューイ殿の身辺調査にまで目を向けるとは……ジリーは奥様の手腕に感動すらしております」

「……ジリーったら、褒めすぎだわ」


 食べかけの菓子をごっくんと飲み込んで、藍音は照れ笑いする。しかしジリーは微笑み返すことなく、言葉を続ける。


「それと、私からもご報告がございます。奥様がヒルイン工房で一人聞き込み調査をして頂いている間、私も帳簿に記載されていた怪しいお店について調べさせていただきました」

「え、ど……どこを調べたの?」

「靴屋と帽子屋と衣装店と銀職人の工房と家具屋でございます」

「全部じゃない!」

「いえ、質屋と宝石店がまだでございます」

「それはそうでしょう!」


 要約すれば、藍音がロッドに品の無い宝石を売りつけられている間に、ジリーは今日中に調査しなければならないお店のほとんどを一人で周ってくれたのだ。


「とはいえリストを入手できれば良かったのですが、関係者と思わしき人達は口をそろえて“ヒューイ殿に訊け”の一点張りで喋った内容を記述することしかできませんでした。申し訳ございません」

「そんな謝らないで。十分にお手柄よ。それで……良かったらそのメモ、見せてくれるかしら?」

「もちろんでございます」


 即答したジリーは、濃紺色の上着のポケットから手帳を取り出す。それを受け取った藍音はパラパラとページをめくり驚いた。 


 ジリーが記したメモは恐ろしいほど緻密でわかりやすい。この短期間で、よくここまで完璧にこなしたものだ。


 おそらく彼女はメイドよりも、刑事とか探偵のほうが向いているだろう。


「貴女……とてもすごいわ」

「とんでもございません」

「あと、こんなに頑張ってくれた貴女からお菓子を貰ってしまって申し訳ないわ」

「いいえ、この菓子はいつか奥様に食べていただきたいと思っていたもので。ただ余りの良い香りに我慢できず、私が先に食べてしまいました。お許しを」

「ちょっとジリー。お願いだから、そんなこと言わないで!」


 泣かせてくれる台詞を吐いた侍女に、藍音は感極まって目が潤んでしまう。


 そんな藍音を見て、ジリーは反対側のポケットからハンカチを取り出し渡してくれる。しかし、なぜかその表情は浮かないものだった。

 

「奥様……これはお伝えしていいのかどうかわかりませんが……」

「多分、聞いた方がいいから教えて」


 ハンカチを受け取った藍音は、目元を押さえながら続きを急かす。ジリーは言葉を選んでいるのだろうか。ちょっと視線をさ迷わせてから続きを語り出した。


「執事見習いのヒューイは、見境なく己の利になるものを見つける才がございます」


 なんとなく伝えたい内容はわかったけれど、ここはしっかりと言葉として受け止めたい。


「とても興味深いわね。ジリー、もうちょっと詳しく話していただける?」

「かしこまりました。執事見習いのヒューイは、とても計算高い男です。いえ、ずる賢いと言った方が正しいでしょう。そんな彼は将来、レブロン家の執事となる為に、日頃から敵味方をはっきりと区別しております。そして彼の頭の中での計算上、奥様に媚びるより、別邸にいるイレリアーナ様側に付いた方が得る物が大きいと判断したようです。ですので本日調べ上げた、不正と思わしき全ての品と金額は、そっくりそのままイレリアーナ様の元に流れている可能性が高く、質屋と宝石店に立ち寄る必要はないと思います」


 身も蓋も無い言い方が大分混ざっていたが、とてもよく分かった。

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