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引きこもり夫人に転生したので、冷徹侯爵と離縁します(旧題:旦那様、ヒロイン交代につき2回戦を始めましょう!)  作者: 当麻月菜
第二章 代弁者は裁く、語る、色々と

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 会計監査とは、会社が作成した財務諸表に対して公認会計士や監査法人など資格を有した者が監査をすること。


 とはいえ財務諸表の様式及び作成方法は、プロ野球がナイター時代へ突入した頃に交付されたもの。


 アイネの世界では、さすがに財務諸表は存在さえして無いと思う。なので、ちゃんとお金の管理をしているかを確認する行為となる。


 ちなみに本来なら監査に必要な議事録や総勘定元帳データや固定資産台帳などを事前に提出するよう通達するものである。しかし藍音は、抜き打ち監査をするつもりなので、その連絡は必要ないし、する気も無い。


 藍音の目的は、屋敷内の不正を暴いて正しい管理ができるように導くことではなく、アイネの心を痛めつけた執事見習いのヒューイを潰すことのみ。徹底的に不正の証拠を集めてぐぅの音も出ないように問い詰めれば、それで終わりだ。


 と言っても、アイネはやればできる子だということを知らしめつつ、離縁の際に慰謝料を割増しで貰えたら嬉しいという下心はある。


 ……あるのだが、これがまた大変で藍音は帳簿と睨めっこをし始めて早半月。もう心が折れそうになっている。




 まるで太陽が駆け足で西の空に向かっているかのように、秋の日暮れは早い。それでも窓から差し込む夕陽は夏の季節と同じように、アイネの私室を橙色に染める。


 しかし山のような帳簿に埋もれる二人は、お世辞にも血色の良い顔では無かった。


「ねえ、ジリー。こっちの帳簿の確認は終わったかしら?」


 死人のような顔色でジリーに問い掛ければ、返って来たのは潰れたカエルが最後に出すような「あ゛い゛」というか細い声。


 主に対して不躾ではあるが、ジリーもまた藍音と似たり寄ったりの死人の顔色をしている。こんな状態で礼儀が云々などと諭すなど、非情を通り越して鬼である。


「ジリー、顔色が臨終間近よ。ちょっとは休みなさい」


 そう言って藍音は寝室を指差す。もうここ数日、寝る時間すら勿体なくて机に突っ伏して仮眠を取っているので、寝室には足を向けていない。なのにシーツは毎日交換されるので、使った方がベッドも嬉しいだろう。


 それにジリーは侍女ではあるが、帳簿の確認作業はあくまで手伝いだ。倒れたりされたら、藍音の胃に穴が空く。


 しかしジリーは、聞こえないフリをして帳簿から目を離さない。


「……ねえ、ジリー。倒れたら元も子もないわ。お願いだから少しは休んで。ね?」


 執事グロイに絶大な効力を発揮したアイネスマイルでジリーを寝室に導こうとしたけれど、返って来たのは違う言葉だった。


「奥様、少々失言してもよろしいでしょうか?」

「んー……いいわ。どうぞ」

「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたします。離縁する前にお倒れになったら、帳簿を取り上げられてしまいます。よろしいのですか?不正を暴く前に、帳簿を見ることすらままならない女主人と思われても……奥様こそ、どうぞお休みになってくださいませ」 


 寝不足と疲労で遠回しな言い方をしてくれないジリーの鋭い指摘に、藍音は返す言葉が見つからない。


 しかし間違いだらけの帳簿は、藍音を休ませる気なんてない。長期戦確定のこの状況、雪解けと監査が終わるのと、一体どっちが早いだろうと溜息が出てしまう。


 しかも帳簿と言っても、藍音がこれまで接してきたものとは勝手が違うのだ。


 一度目の生で経理部に所属して苦労はそれなりにしてきた。だからパズルゲームのような感覚で地道に解いていけばいつかは終わると思いつつ、慣れない数字を解読するのに苦労しているのが現状だ。


 それにアイネを待たせているのに、呑気にこのレブロン家で過ごす気は全くない。


 あまり長く現世と黄泉の国の狭間にいたら、妖精のような容姿のまま地縛霊になってしまうかもしれない。もしくは自分を置いて、神様の審判を受けている可能性だってある。


 加えて自分の魂が、いつアイネの身体から追い出されるかわからない。


 もちろんこれは藍音の勝手な想像だ。でも他人の身体に別の魂が入るなんて、例外中の例外だし、一つの生を精一杯生きている人に対して道理が通らない。


 という気持ちから藍音はとても焦っている。しかしジリーの言うことにも頷けてしまう。


 無言で「ちょっとは休め」と圧をかけてくるジリーの視線を避けつつ考えた結果、藍音は一つの結論に達した。


「わかったわ、ジリー。今日はここまでにして、明日から頑張りましょう」

「はい!」


 己の意見が通ったジリーはパッと笑顔になって立ち上がる。


「では、お食事をお持ちします。しっかり召し上がって、しっかり睡眠を取ってくださいませ。明日のお目覚めは、普段通りでよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしてもらえると嬉しいわ」

「かしこまりました」


 慇懃に腰を折ったジリーはすぐに厨房に向かうと思いきや、藍音が座る大きな机の前に立つと、表情を一切変えずに藍音が手にしていた帳簿を取り上げた。


「ちょっと、ジリー!まだわたくしが見てますのに!」

「恐れながら、今日はここまでと仰ったのは奥様でございます」

「……あ、そ」


 まるで食事の時間になっても玩具遊びを止めない子供のような扱いを受けた藍音は、つい不貞腐れた顔をしてしまう。


 しかし有能な侍女は、涼し気な表情で部屋を出て行ってしまった。






 ――それから一ヶ月が経った。


 全ての帳簿を見終えるのは、雪解けに間に合えば御の字だと諦めていたけれど、信じられないことに全て完了した。


 これもひとえに適度な休憩と、有能な侍女ジリーが用意する栄養満点の料理と経理補佐のお陰である。


 とはいえ、すぐに抜き打ち監査ができるわけではない。言い逃れなんて絶対にできないように、できる限りの証拠集めは必要だ。


 そのため藍音は、ひと眠りしたいのを後回しにして、聞き込み調査という名の下準備に取り掛かることにした。

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