被験者
「施設内にいる者は全員直ちに退避してください!!これは訓練ではありません!繰り返します………」
それは突然のことだった。
サイレンがけたたましく鳴り響き、人間は全員施設の出口へと走っていた。中には悲鳴や発狂したような声が響き、ただでさえうるさいサイレンを掻き消すほどだった。
放送を聞く限り、恐らくヤツが収容違反を起こしたのだろう。靴底は赤く滲んだ何かに染められ、乾いた鉄の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ァ……ァァ…………」
小さくか細い男性の声が耳に響いた。彼はとある戦争の被害者の一人で、全身の皮膚が焼け爛れたまま生きている。異常と言える身体の持ち主だ。
「ミズ……ミズヲ………」
常に水を求めていおり、人間が近くにいると全身の水分が“消され”てしまう。その後彼に触れた人間は彼と同様の見た目に変化して徘徊し始めるらしい。
最初は水分を吸収しているかと思われていたが、幾ら水を与えても彼は変わらなかった。そこで偉い人が彼の体内にある水分を調べてみると、体積中のたった8.32%しかないことが判明。人間に必要な水分量が体重の55〜60%であることを考えると…まぁまず人間ではないだろう。
変異ウイルスに侵された可能性も考えられた。そこで水分を消されてしまった職員を解剖した結果…成分も遺伝子も100%同じ人間のものだったことが確認された。
警戒レベルは最高段階の一つ下にはなっているが、正直彼に関しては他の研究対象よりも謎が多すぎる。毎日多くの仮説が試され、覆され…研究者も全員頭を悩ませている。
そんなものが収容施設から脱走してしまえば、世界が混乱に陥るのは容易に想像できる。
「ミズ……ミズヲ……………クレ……」
もうすっかり全員が退避しきった施設内の通路。そこには乾燥した赤い何かと“ヤツ”の大群が視界いっぱいに広がっていた。
サイレンはとうの前に止んでおり、今はその代わり背後から誰かの声が聞こえる。ただ…彼から意識を逸らすことができなかった。
「大地…さん」
私はなぜか、彼に語りかけていた。今まで強化ガラス越しに、無感情で眺めていた“ヤツ”に。
「大地さん。大地さん、ですよね…?」
男性は私の声など聞こえていないようで、ただただ必死に水分を求めている。
でも、私はどこか確信めいたものを感じていた。あのガラス越しには感じれなかったものを、今この肌に直接感じている。
薬指に嵌められた…腐食してボロボロになった指輪が、小さく光を反射する。
溶けた肉に沈み込んだ小さなネックレスが、私に語りかけるように輝きを放つ。
それはどちらも、あの人が好きだったダイヤモンドによる反射だった。
・調査対象[削除済]
・警戒レベル 1 (4)
・調査内容
収容違反により一人を除く全職員を施設から退避。残った一人は我々の呼びかけに応じず、こちらの安全を図るため施設の崩壊を考慮した上で対象の殺害を実施。胸部への発砲を試みたところ、対象は地面に倒れ活動を停止。残っていたもう一人の職員には外傷は無かったが、駆け付けた時には既に死亡していました。現在は当職員に[削除済]と名称を付け、対象と同施設内で監視を続行。活動の再開が確認されれば直ちに警戒レベルを4へと引き上げます。
ここまで読んでくださって、いつもありがとうございます!どうも、作者です!
はい、いつもは「ロスト・フェイカー」という名前の長編小説を書いているんですが、今日は何となくこちらの短編小説を書いてみました!
多くは語らず、でも何となく心情をイメージできるような小説を、と思って書いてみたんですが…どうですかね?少しでも面白いと思ってくださる方がいればどちゃくそ嬉しいです!
では、今回はこの辺りで失礼致します。
もしよろしければ、感想やレビュー、ブクマ登録などしていただければめちゃくちゃ嬉しいですです!
また次の機会にお会いできるのを心からお待ちしております。
では、ばいちゃです!