チャバン ザ プリンス
チャバン ザ プリンス。
とても平和極まる世界にとっては、結構大きな事件です。
自分が書いてる、男が婚約を無理矢理断ち切るパターンで、珍しく男へ不幸が行かない話。
世界は平和に満ちていた。
他国への邪な企みを抱く国もおらず、この平和を尊び、お互いに足りない部分を助け、支え合う。
それはもう、見事に綺麗な国家運営を行っている。
その世界に存在する生命も、食物連鎖と呼ばれる弱肉強食の理はあるものの、他者への過度な恨み辛み妬み嫉みを抱かず、賢くも穏和な者ばかり。
争いといえば大抵が痴話喧嘩で、一部のひねくれもの以外は犬にさえ好まれない始末。
世に大地の恵みが溢れかえり、あらゆる者は自然への日々の感謝を忘れない。
この世にある魔法だって、大昔は戦うために洗練されてきた技術なのだが、今は生活を豊かにするための使い方を模索中。
そんな楽園とさえ呼べそうな世界に、一陣の風が波乱を運んでくる。
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場所はヤンバチ王国。
ここでは本日、王都の大聖堂で王太子とその婚約者による、結婚式が行われている。
新郎はハーリー・ヒ・ホゥ・ヤンバチ。
王太子として相応しい、端正な顔つきと聡明な頭脳と優れた人格を持ちつつ、ユーモアを知る完璧超人。
新婦はホクシュン・ナ・ヨヒシ公爵令嬢。
完璧な王太子に負けず劣らず明晰な頭脳と、愛らしさと美しさを兼ね備えた容姿に、世の全てを慈しむ麗しい心。
それと、どこまでもお似合いな新しき夫婦を祝うべく集まった、家族を含めた関係者達と隣国の重鎮達。
それら以外にも、式を生き物に一目見ようと式場外でごった返す平民達。
そこで美しい微笑みを湛えたご両人の登場により、場が沸き立つ寸前。
完璧であるはずの王太子が新婦から一歩二歩と距離をとり、ご乱心遊ばれた。
「ホクシュン・ナ・ヨヒシ! 君との婚約はここまでだ! 婚約は終了したんだよっ!!」
正に乱心。
恐ろしく愉快げに、強い意志でもって叫ばれたこの言葉に、式場は騒然。
この王太子の言い回や表情しなぞ、いかにも婚約破棄で糾弾・断罪するシーンそっくり。
婚約も終わりだと主張しているし、このまま土壇場での破談となる危険性まで出てきた。
今まで仲睦まじくしていた二人なのに、どうしてこの場でこうなったのか。
言われた側のホクシュンなどは完全に顔の血の気は引いていて、今にも倒れそうなほど真っ青で、瞳に絶望の色が浮かんでいた。
もちろん両者の親族も色めき立つ。
あまりの異常事態に短時間放心したが、それ以降は
「王太子殿下を黙らせろ!」「近衛でないと、問題が!」「誰でも良い! 早く」「ホクシュン様は別室へ!」「ダメだ、ここで連れていったら禍根が!」「別離させるのが最優先だ!」
などと指示が飛び交い、大混乱。
こんな状況でも、真剣な顔をしたハーリーの言葉は続く。
「私はこの日を待っていた! これを言えるのはこの日しか無い! だからこそ! 私は! ここに宣言するっ!」
どうした王太子。 あの所憚らず婚約者とイチャイチャしていた、あの周囲が砂糖を吐くしかない仲のよさは何だったのか?
数多の誘惑なんのその。 不惑の王太子とまで言われた、ホクシュンへの一途な愛はどこへ行った?
大袈裟な身ぶり手振りをして、観客状態になった皆様へ必死にアピールしているが、それは一体なんのつもりだ?
まさかこいつ、何か悪い魔法でも受けて、催眠術か洗脳にでも掛かってしまったのだろうか?
はたまた毒のある食べ物でも摂って、正気を無くしているのだろうか?
こんな流れで、この国は一体どうなるんだ? と外野も固唾を飲み込む。
様々な憶測を観客に抱かせたまま、王太子の主張は終わりを迎えた。
「ここからは婚約者じゃない!! 夫婦だ!! 今まで我慢していたアレやコレも出来る! 一生愛します、今後ともよろしくお願いします!!!」
最敬礼を越えた、90度のお辞儀で。
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参加者・参列者のズッコケと悪い意味で思わせ振りな事をした罰として、新婦からのビンタでオチのついたこの結婚式は、それから終了するまでイチャつき続ける新郎新婦以外は全員、チベットスナギツネ顔をしていたそうな。
ここでのやり取りは、式場の外で見ていた平民達には何故か大ウケし、少し形が変わって“ハーリー式プロポーズ”としてしばらく世に蔓延る事となる。
あくまでも結婚式でするのでは無く、プロポーズとして。
ハーリー式プロポーズ。
実態は、サプライズプロポーズの一種。
プロポーズする(主に男)側が人目の有るところで、乱心している様なおバカをかまし、最後に結婚を申し込む。
OKならビンタ。 NOなら立ち去る。
なぜNOだと立ち去るのか?
それはハーリー式プロポーズが使われ出した頃に、プロポーズされた側が呆れて立ち去ったからだとか。
大真面目にプロポーズするのが照れ臭い若者達から、かなり支持を受けた結果、流行りだして定着したと見られる。
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ハーリー・ヒ・ホゥ・ヤンバチ
パーリーピーポーで、茶番。 発揮するべきでない場面で余計なおふざけを発揮してしまった王太子。
「愛する婚約者の……いや、大切な妻の緊張をほぐそうとしてやった。 手段を間違えた。 今は反省している」と後に供述している。
ホクシュン・ナ・ヨヒシ
純朴な美女。 純朴な性格だったので、ハーリーに本気で騙されかけた。 ビンタはもちろん、嬉しさと照れ隠しと怒りのハイブリッド。
観客の中のアレな人曰く、スナップに素晴らしくキレがあったので打たれたい。 だそうだ。
ヤンバチ王国
茶番をもじったもの。
別案として“チバヤン”の国名が先に浮上していた。
その語呂から、作者本人に1分近く笑われていたと言う。