第8話(2章4話)大魔王、誕生
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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「大変! 普人族達、タクサン、イッパイヤッテ来ル!」
ささやかな幸せが続く日常は、1人の村人の叫びで破られた。
彼の集落に、普人族の街からの“討伐軍”が迫っていた。
「ミンナ、集落ヲ捨テ、逃ゲルゾ。急ゲ!」
彼は躊躇わずに村人達に告げた。
「ナゼ戦ワヌ? オレタチ、ツヨイ! 悪魔ナド、カエリウチダ!」
気勢を上げる若ゴブリンを、彼は悲しそうな目で見る。若者は知らないのだ。悪魔の軍勢の強さを。
「我ラデハ、|悪魔ニハ勝テナイ。ミナ、逃ゲル準備ヲ。」
改めて皆にそう言い、彼は愛用のヤリを手に立ち上がった。槍ゴブリンから送られた、並のゴブリンより2周りは大きい彼の身体に合わせて作った逸品である。
「ドコヘ、行ク?」
槍ゴブリンが彼に訊ねる。
「悪魔ヲ、迎エ撃ツ。逃ゲル時間ヲ稼グカラ、義兄ニハ皆ヲ頼ム。」
「ワカッタ。幸イ、悪魔の侵攻るーとニハ穴ガアル。女子供ヲ連レテソコカラ逃ゲルトシヨウ。」
「タノム。」
後を託し、気心の知れた戦士達と共に歩き出す彼にヴィティと幼子が駆け寄る。
「アナタ!」
「父チャン!」
「スグ、逃ゲロ。槍ゴブリンガ、守ッテクレル。」
「アナタ、イケナイノデスカ?」
「案ズルナ。オレハ死ナン。」
不安がる妻を安心させるように、彼は優しく妻と子の身体を抱き寄せる。身重の妻の身体は温かく、彼の心を満たしていく。
「悪魔ノイナイ場所デ、平和ニ暮ラソウ。」
そう言って妻を安心させ、悪魔の軍勢に向け出発する彼。
(今度コソ、守ッテミセル! タトエ我ガ身ガ滅ビヨウト!)
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領主の目の前でゴブリン営巣地が燃えていた。討伐した魔物の死体が、そこかしこに転がっている。通常の何倍もの大きさの営巣地だ。いったい何匹のゴブリンがここにいたのだろう。その数を想像し、領主は身を竦ませる。
「領主様! 繁殖地の掃討、ほぼ終わりました!」
討伐隊の本陣で、領主は馬上で部下からの報告を受けていた。
「うむ、ご苦労。逃げ出したゴブリンどもはどうした?」
「ご安心ください。先回りした別動隊によって一匹残らず討伐されたとのことです。」
「さすが、我が街のギルドは良い仕事をするのう。・・・戦わずに逃げ出したとの報告があったときは討ち漏らすかと心配したが、杞憂であったか。」
「所詮、知恵の足りぬ魔物です。我らの英知に敵うものではないでしょう。」
「全くじゃな・・・。おぉ、ギルド長、此度の件、大儀であった。」
領主は、本陣に近づいてくる人物に気が付くと、馬上ながら労いの声をかけた。
「ありがとうございます。どうやら討伐できたこと、お慶び申し上げます。」
「うむ、ゴブリンなど放っておくと際限なく増えるからの。早めの討伐が肝要じゃ。」
「御意にございます。・・・しかし、領主様自らお出にならなくてもよかったのでは?」
「そうゆうギルド長も現場に出ておるではないか。此度の営巣地は尋常ならぬ大きさと聞いた。討伐軍も当代一番の規模となった。この目で見届けるのも領主の務めよ。」
呵呵と笑う領主とギルド長。今回の大規模討伐にはべらぼうな費用が掛かったが、大規模討伐の成功により、より多くのモノを手にすることができるだろう。領主やギルドは名声と富を、討伐軍参加者には報奨金を、それぞれ約束してくれる。薔薇色の未来が現実になることに、笑いが止まらない2人。
「そう言えば、大型の特殊個体がいたとか聞いたが・・・。」
「囮の侵攻部隊の方へ向かったゴブリンどもの中に、大きな個体が居たという報告がありましたが・・・、それから連絡がありませんな。まぁ、討伐されたでしょう。」
ハハハ・・・、と笑いあう領主とギルド長。だが、彼らの笑い声は長く続かなかった。
ゴウッ!
突風が吹き荒れ、馬上から落ちる二人。落馬の痛みに耐えながら、何が起こったのかと身体を起こした領主が最後に見たモノは、身の丈3メートル近い大きな人型のシルエットと、怒りと復讐に燃える二つの目だった。
派遣された討伐隊は、何者かによって全滅した。討伐軍を派遣した街も、それからすぐに滅んだという・・・。
(つづく)
ごーれむ君一コマ劇場
ごーれむ君「ゴブリン討伐って儲かるの?」
領主「意外かもしれんが、成長速度が人間の10倍であるゴブリンの内臓は、家畜の成長ブースト剤として広く需要がある。結構高く売れるぞ。」
ギルド長「特に肝を原料とした成長剤は餌に少量混ぜるだけで仔牛や仔馬の成長が早く丈夫に育つのじゃ。隠れた戦略物資であるな。」