第7話(2章3話)ささやかな幸せ
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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「今ダ! 投ゲロ!」
がけ下に誘い込んだ魔物に、崖の上から一斉に、長さ1メートルほどの投げやりが投げられた。
「グギャアァァ!」
3メートル級の2足歩行恐竜型の魔物は咄嗟に魔導防壁を張るが、6メートルを超える高さから投げ下ろされる投げ槍のすべてを防ぐことはできず、何本かの投げ槍が鱗を貫き、重要な内蔵器官が傷ついて行く。
「グアァァァ!」
高々120センチメートルほどの身長しかない餌に傷を負わされ、怒り狂う魔物。
「ヨシ! モウ一度ダ!」
再び降り注ぐ投げ槍に、為す術無く貫かれ、倒れる魔物。自分の3分の1しかない弱小雑魚人型に殺されていく、その現実を受け入れることなく魔物は息絶えた。
「ヤッタ、ヤッタァ!」
「オレ達デモ、倒セタ!」
小躍りするゴブリンたち。そんな彼らに、近づく大柄なゴブリン。
「アッ! 長ダ!」
「長、俺タチ、ヤッタヨ!」
彼の周りに集まり、口々に、そして誇らしげに戦果を報告する村人たち。
「ミンナ、良クヤッタ。サア、獲物ヲ集落ニ運ボウ。」
集まるゴブリンたちを労る彼。
「ドウシテ、長ガ狩ラナイ? 長ノ方ガ上手イノニ。」
不思議そうに聞いてくる村人に、
「オレダケデハ、集落ガ必要ナ分ヲマカナエナイ。ソレニ、皆モ獲物ガ狩レルノハウレシイダロウ?」
と答える彼。実際、彼が長となってから集落の人口が増え、彼だけが狩りをしても間に合わなくなってきた。
「ウン、獲物ヲ狩ル、タノシイ!」
単純に喜ぶ村人たちを見て、心なごむ彼。長としての重圧に負けないよう、彼は日々懸命に働いていた。その姿が、さらに彼への信頼を増していった。
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得物を抱えて集落に戻ると、幼い子供たちが寄ってきた。
「カエッテキタ! カエッテキタ!」
「エモノ、イッパイ!」
「オニク、オニク!」
大量の得物に、お祭りの様にはしゃぐ子供たち。雌ゴブリンたちが中央広場に集まってくる。獲物の解体と分配は雌ゴブリンたちの仕事である。
「オ帰リナサイ、アナタ・・・」
帰ってきた彼を、ヴィティが幼子を抱き大きなお腹をさすりながら出迎える。彼と夫婦になってから半年、すでに2人目のおめでたであった。
「タダイマ、帰ッタ。動イテ、大丈夫ナノカ?」
彼は身重のヴィティを労わる。並ぶもの無き強さを誇る彼とて、出産は未知の領域であることに違いはない。
「アラアラ、イツモ仲ガ良イワネ。」
妊婦仲間の婦人がからかう。実際ふたりは集落の中でもラブラブだったので、婦人の言葉はからかいではなく事実であったが。
「オ帰リ。今日モ大猟ダナ。」
槍ゴブリンが声をかける。彼は反対方向へ狩りと魔物の警戒に当たっていた。
「槍ゴブリン殿、只今帰リマシタ。」
義兄と共に、集落を歩き家に向かう彼。
「集落モ大キクナッタ。オ主ノオカゲダ。」
集落は、すでに通常の集落の4、5倍の規模と人口を誇るまでに成長していた。
「何ヲ言ウ、義兄。皆ガ力ヲ合ワセタカラダ。」
「謙遜スル必要ナドナイ。オ主ガオラネバ、ココマデニハナラン。」
そんなササヤカな幸せが続いたなら、彼も幸せに人生を終えた、かもしれない。ヴィティを娶り、小さな命を育み、尊敬する義兄や信頼できる仲間と共に働く。そんな生活は、彼の悪魔への復讐の念を薄れされていた。
しかし、運命は、更なる悲劇と憎悪を望んでいるかのように、その歯車を廻していた。
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「何! ゴブリンの大規模繁殖地だと?!」
「はい、通常の3、4倍はあります。変異体と思われる、大きな個体1匹を確認しています。」
「直ちに領主様に報告! 位置を確認し、侵攻ルートを出せ! 大規模討伐だ!」
とある普人族の探索者ギルドに入った報告により、ゴブリン討伐隊が編成されていく。
この報告が、悲劇の始まりとなることを、彼も、普人族も、大陸に棲む人型知的生命体も知る術はなかった。
(つづく)