第6話(2章2話) 集落の長へ
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
本編よりお遊び要素が強くなっております。予めご了承ください。
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あの、惨劇の日から20日ほど過ぎたある日。
彼は悪魔の街から反対方向の森の中を進んでいた。
怒りと復讐に燃えていても、彼はたった一匹であり、悪魔を滅ぼすなど夢のまた夢だったのである。
森になっている果実を採ったり、小さなウサギなどを狩ったりして、飢えを満たしていた彼の耳に、なにやら騒がしい音と悲鳴が聞こえてきた。
(アレハ・・・同族ノ声カ?!)
声のする方に向かっていくと、彼の目にゴブリンのグループと、その向こうに2足歩行恐竜型の魔物の姿が見えた。
たかが2メートル級の魔物でも、せいぜい120センチメートルほどしかないゴブリンにとっては巨大な恐怖である。対峙している前衛のゴブリン2匹は勇敢にも槍をかざして抵抗しようとしているが、所詮は非力なゴブリン、あっという間に一匹が頭から齧られてしまい、もう一匹は魔物の尻尾を受けて吹き飛ばされてしまう。
「ギャオォォ!」
勝利を確信したのか、ゆっくりと歩いて近づく魔物。後ずさるゴブリンたち。その中の一人の娘の顔を見たとき、彼の頭は真っ白になった。
(似テイル・・・、殺サレタ妹ニ・・・)
彼の脳裏に、悪魔に殺された妹の横顔が浮かぶ。目の前の幼き娘は、今にも魔物に食べられそうだった。
「マタ、守レナイノカ! ・・・ソンナノハ、嫌ダ!」
彼の血がたぎり、身体から魔力が溢れる。
「サセルカァ!」
思わず腕を振る彼。疾風が唸り、溢れた魔力が“力”に変換され風の刃となって魔物に襲い掛かる。
「? ギャアァア!」
魔物が気付いた時には遅かった。風の刃は魔物をズタズタに切り裂き、その命を奪う。
どぉ、と地響きを立てて倒れる魔物。何が起きたかわからずあっけにとられるゴブリンたちに、彼は近づいて行った。
「何者ダ!」
震えながら槍を構えるゴブリン。ケガをしてなお仲間を守ろうとするその姿は、彼に最後まで戦った集落の漢たちを思いださせた。
彼が、
「安心シロ。俺モ“ゴブリン”ダ。敵意ハナイ。」
と伝えると、安心したのか、ガックリと膝をつく槍ゴブリン。そんな槍ゴブリンに、
「兄サマ!」
と駆け寄る娘。彼の妹に似ている娘は、槍ゴブリンの妹らしい。
「大丈夫カ・・・。怪我ヲシテイルナ。チカラヲ抜け・・・。」
近寄った彼は、自然に槍ゴブリンに手をかざし、魔力を込める。
ポォォォ・・・。
淡い薄紫色の光が槍ゴブリンを包み込む。
「ウゥ? 痛ミガ、消エテイク・・・。」
光が消えたとき、槍ゴブリンの傷は癒えていた。
「立テルカ? 集落マデ、送ロウ。」
傷は癒えたが、自力では立てない槍ゴブリンを背負い、集落まで送る彼。その後ろを、他のゴブリンたちが付いて行った。
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「礼ヲ言ウ。助カッタ。」
粗末な掘立小屋の中、ゴザに横たわった槍ゴブリンが礼を言う。妹ゴブリンが心配そうに付き添っている。ここは槍ゴブリンたちの集落内にある、槍ゴブリンの家だ。
彼らが到着した際、ゴブリンの集落は一時騒然となった。120センチほどしかないゴブリンからすれば、150センチを超える彼は充分異端である。細く非力な手足と違う、暴力的な筋肉の鎧。太く長く禍々しく伸びた2本の角。槍ゴブリンの言葉がなければ、集落を襲う敵と間違えられていただろう。
2メートル級の魔物の死体も運び込み、集落では解体作業に追われていた。これだけの大物、しばらく肉には困らないであろう。
彼は、この集落でやっかいになることになった。
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「フンッ!」
どごぉ! と鈍い音を立てて2足歩行恐竜型の魔物が倒れる。集落を狙い襲ってきた魔物の群れは、彼の放つ風魔法により斃された。
「ヤッタ! ヤッタ! 流石大ゴブリン!」
「ヤッパ大ゴブリンダ、ハンパナイゼ!」
最初は異形の彼を警戒していた集落の者たちだったが、見た目とちがい穏やかな性格と、強力な風魔法で集落を守る力により彼は集落に受け入れられていった。
気は優しく、大きくて強い彼を集落の者は傑物という意味と親愛の情を込め、「ビッグマン」と呼んだ。
彼は最初槍ゴブリン兄妹の家に厄介になっていたが、集落の中に一軒の家を建て、そこに一人で住むようになった。何故か槍ゴブリンの妹が甲斐甲斐しく彼の家に通うのを、集落の者たちは、暖かい目で見守っていた。
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彼の強力な風魔法は、集落の安全性を飛躍的に高め、村人の生存率を著しく向上させていった。先ほど斃した魔物について言えば、あの程度の群れでも狙われれば普通の集落なら全滅しかねないほどの脅威なのだ。
この世界では、ゴブリンは「弱者」で「喰われる側」でしかなかった。素早い成長と多産が、かろうじて種族の命数を保っている、そんな雑魚人型でしかないゴブリン。しかし、彼が守る集落は、死亡率の低下から人口が増えていった。
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「ヴィティヲ、娶ッテハモラエヌカ?」
集落に住むようになって半年ほど経ったある日。槍ゴブリンの家に招かれた彼は、槍ゴブリンからそう言われ、戸惑った。
「ヴィティモ1歳半、嫁イデモオカシクナイ年頃ダ。オ前ナラ安心シテ妹ヲ嫁二ヤレル。ドウダロウカ?」
「シカシ、槍ゴブリン殿、俺ハコノトオリ異形・・・。」
「ソンナ事キニスル者ナドコノ集落ニハオラン。ソレトモ、他ノ娘二気ガアルノカ?」
慌てて断ろうとする彼を、揶揄う様に嗜める槍ゴブリン。そこに、ヴィティがやってきて彼に縋りつく。
「アタシジャ、ダメ? アタシノコト、キライ?」
「・・・アウアウ(汗)」
まぁ、最初から彼には退路などなかったのである。魔物から集落を守れるほどの強者でも、色恋沙汰ではヘタレだった、ともいうが。
それから10日ほど後に、ゴブリンの集落で一組の夫婦が祝言を挙げたという。
実は強く優しい花婿を狙っていた集落の娘たちは多かったが、悪い虫が付く前に先手を打った花嫁の兄に、集落の娘たちが苦情を入れたとか、入れなかったとか。
こうして、所帯を持って集落に根付いた彼は、更に集落のために働いたという。
その後、集落の拡大に最も貢献し、集落一番の猛者で気配りもできる彼が集落の長に就いたのは自然なことであった。
・・・しかし、その集落を大きくした彼の努力が、結果的に次の悲劇を呼び起こしてしまうのだが、それは次回述べることとしよう。
(つづく)
ごーれむ君一コマ劇場
妹ゴブリン 「生後1歳半で適齢期って、早すぎない?」
作者 「ゴブリン種は普人族の10倍の速さで成熟する。1歳半は普人族でいうと15か16歳ごろ。充分適齢期だね。」