第5話(2章1話)ゴブリンの魔王、誕生
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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ザシュ!
探索者の一人が、片手長剣でゴブリンに切りつける。
「グギャアァァ!」
左の肩口から袈裟懸けに斬られたゴブリンが苦悶の表情を浮かべながら倒れる。
「・・・ふう。オイ、コッチは粗方片付いた。ソッチはどうだ?」
ゴブリンを斃した探索者は、剣を手に油断なく辺りを見回しながら、仲間の探索者たちに声をかける。彼の足元には、緑色の肌をした子供サイズの人型が何匹も倒れていた。
「おう、コッチも片付けたぞ。」
応える探索者の足元にも、同じように緑色の肌の人型が倒れていた。
「全部仕留めたか?」
「イヤ、何匹か取りこぼしたかもしれん。」
油断なく辺りを見張る探索者たちの耳に、ピリリ・・と呼び笛の音が届く。
「おう、撤収の合図だ。みんな、引き上げるぞ。警戒しつつ、移動だ。」
「「「了解!!!」」」
リーダーの声に応え、ヤリや剣を構えた探索者たちが辺りを警戒しつつ笛の鳴った方へ移動していく。彼らは、街の近くの森にできたゴブリンの集落殲滅のために探索者協会により集められた探索者たちであった。
森の中の空き地に作られた集落には、10程の掘立小屋のような家があった。集落の大きさからみて、出来たばかりの50匹ほどの集団と推測され、これ以上大きくなる前に探索者協会と街駐留軍兵団の合同による包囲殲滅戦が行われたのだった。
総勢100名ほどにより行われた作戦は、予定通り完了した。ゴブリンはもともと個の力は大したことない雑魚人型である。充分な準備時間、用意された人員の前には、ゴブリンの集落など敵ではなかった。
再度家々の中を確かめ、隠れている個体は幼子といえどその場で殲滅する。全部の家を掃討し終えた討伐隊は、すべての家に火を放ち、二度と集落が再建できないように破壊しつくす。燃え盛る炎を見ながら、討伐隊は作戦を終了し、街への帰路についた。
そんな彼らの後姿を、茂みの中から見つめる目があった。
「ウウ・・・。父サン、母サン、妹マデモ・・・。」
茂みの中に隠れていたのは、1匹のゴブリン。彼はたまたま集落を離れており今日の襲撃を免れたのだった。
普人族の討伐隊が立ち去った後、彼はひとり己の非力を嘆き、普人族への憎しみを燃やす。
「オノレ、オノレ・・・。普人族ドモメ・・・。我ラ人間の敵メ!」
彼は全てを見ていた。普人族の襲撃に、ゴブリンたちは恐れず立ち向かっていった。村を包囲しようとする普人族との戦力差を見た村長は、戦士を連れて攻めに出た。包囲が完了する前に女子供を逃がす時間を稼ぐため、たとえ敵わなくてもゴブリンの漢たちは最後の一人まで果敢に戦っていた。しかし、それは無駄死にだった。
集落から逃げる女子供たちの前に、普人族の別動隊が待ち構えていた。包囲の穴は普人族の仕掛けた計略だった。ゴブリンだちの思惑は、最初から見抜かれていたのだった。
一斉に放たれた火魔法が襲い掛かるのを、彼は遠くから隠れて見ていることしかできなかった。母親たちが息子たちを、年長者が幼子を、わが身を盾にして火魔法から守ろうとした姿を。そして、彼女たちの身体を貫いたヤリの穂先を。逃げようとする娘も、泣き叫ぶ幼子も、等しく血の海に沈んだ。
(“チカラ”ガ、“チカラ”ガアレバ・・・。アンナ普人族ドモニ脅カサレズニスムノニ・・・。)
憎しみのあまり、文字通り血の涙を流す彼。そのとき、胸の奥で何かが蠢いた。
ドクン・・・
「ニクイ! ニクイ! 我ラ人間ガ何ヲシタトイウノダ!」
ドクン!・・・ドクン!
彼の慟哭に合わせ、その蠢きは大きくなっていく。
「オノレ! 悪魔メ!」
ドックン!!! メキ、メキメキ・・・・。
彼の怒りと憎しみが最高潮となったとき、胸の蠢きはひときわ大きく跳ねるように蠢く。同時に彼の身体に変化が起きていた。
110センチほどしかない身長が二回りほど大きくなり、非力で華奢な手足が粗暴な筋肉の鎧で覆われてゆく。額の両側、小指の先ほどの大きさだった小さな角は人差し指全体ほどの長さとその長さに見合った太さに禍々しさを添えて姿を変えていく。
「悪魔メ! 俺ハ決シテ許サヌ!」
咆哮を上げながら立ち上がった彼の身体からは、膨大な魔力が漏れていた。
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魔法という力に満ちたこの世界の生物は、魔力という力があることを前提に生まれてくる。その中には、「変異体」「強化種」と呼ばれる突然変異が生まれることがある。(軍隊蟷螂に生まれる長槍蟷螂の様に)
魔力敵性の低いゴブリンとて例外ではない。ただ、レアに生まれる「強化種」を種族全体として活用する術を知らないだけである。
「強化種」として目覚めるトリガーは生まれた直後、何か精神的な衝撃を受けたときなど、個体によって異なる。
どうやら今回の掃討作戦で、普人族は一人のゴブリンの「強化種」を目覚めさせてしまったようだ。
彼が「大魔王」として普人族を滅亡寸前まで追い詰め大陸の西端まで追いやるのは、もう少し後のことである。
(つづく)