第19話(5章1話)拡がる野望、止まぬ戦
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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イズミール王国が滅んで5年。
イズミール王国歴144年(実際にはイズミール王国は139年12月に滅びているが)に当たる年は、バルタバ大陸に棲む人型知的生物にとって、特別な年となった。
大陸中央やや東寄りに在る、いわゆる“中部7諸国”の崩壊である。文字通り7つ小国で構成される“中部7諸国”のうち南側を構成するイズミール王国、カオミール王国、シゲミール王国、タジミール王国、通称南方ミール4か国がゴブリン=コボルト連合軍に滅ぼされたのだ。
イズミール王国の主要都市、ウシャル陥落から始まる同国の衰退、そこに付け込んだカオミール王国、シゲミール王国の2国同時侵攻によりイズミール王国が滅んだところまでは確かに普人族同士の勢力争いであった。
更に領土を欲したカオミール王国首脳部は、軍に更なる進軍を命ずる。負けじとイズミール王国領内深く進軍したシゲミール王国軍。功を競うかのように急ぎ侵攻する2つの軍勢。破壊と略奪と凌辱を巻き散らかした2つの国の軍勢は、旧サシャリル領内でゴブリン=コボルト連合軍の奸計にハマり、あっさり全滅する。
そこで諦めておけば、戦火は鎮まったのだが。
ザコごときに敗れた両国は雪辱を果たすため、翌年再度侵攻する。あろうことか、カオミール、シゲミール両国はタジミール王国まで巻き込んで、3か国連合軍としてゴブリン=コボルト連合軍に挑んだのである。推定された戦力差は12:1。10倍以上の戦力差に、3か国の王宮は勝利を疑わなかった。
しかし、戦略目的も戦術思想もバラバラな3か国連合軍は、ゴブリン=コボルト連合軍と闘う前に崩壊する。
ゴブリン王はとにかく正面決戦を避け、あらん限りのイヤガラセで戦力を削った。(もちろん、コボルト王の入れ知恵であることは言うまでもないだろう。)
自軍を探る斥候を徹底的に排除して、全容を掴ませなかったコト。荒れはてた元イズミール王国領内奥深くに誘い込み、補給線を伸ばしに伸ばしたコト。各所でゲリラ戦を展開、伸びきった補給線をズタズタに寸断したコト。敗走に見せかけ沼地に誘い込み、身動き取れなくなったところへ魔物をけしかけたコト。当時の書物にはゴブリン王の悪辣さがこれでもか、と記されている。
本国を離れ疲弊の極みに達し冬が訪れたところで、ゴブリン王は河にかかる橋をすべて落とし3か国連合軍の退路を断った。補給を絶たれた軍勢が厳しい冬を越せるはずもなく、兵士には飢えて死ぬか、凍えて死ぬかの運命が待っていた。軍の規律は霧散し、脱走兵が相次いだ。が、たとえ軍を抜け出したとしても、前年暴虐の限りを尽くした連合軍兵士に、元イズミール王国の民は容赦しなかったという。
2年続けての出兵と大敗に、3か国の国力と政情は一気に悪化、治安と経済の崩壊により半ば無政府状態となった3か国が春を迎えられたのは、厳しい冬を乗り切るためには内乱に割く資源などなかったから、という些か貧乏くさい理由だからである。
ようやく冬が終わり、春を迎え、いよいよ普人族同士で争う内乱が始まってしまった。疑心暗鬼の中、争いは鎮まるどころか更に激しく広がる。国土のほとんどが戦場となり、離散集合を繰り返した結果できの悪いモザイク芸術の様に敵味方の判別すら困難となった、初夏のある日、ごく少数の手練れで編成された特殊部隊が3か国内を暴れまわった。
ゴブリン王は自らこの特殊部隊を率いて普人族の国を蹂躙する。2年続けての大遠征の失敗とその後の内乱による損耗で、3か国内には2戦級どころか、3戦級、4戦級の、精々治安維持にしか使えない兵士しか残されておらず、ゴブリンの特殊部隊は抵抗らしい抵抗を受けず、縦横無尽に暴れまわったのであった。
・・・ここでもコボルト王からの悪知恵は有効だった。あくまで電撃的に、戦術目標には目もくれず戦略目標だけを次々と破壊していったのである。水車小屋を、かんがい用水の取水口を、家畜小屋を、小麦倉庫を、そして小さな橋を。
最初、普人族は頭を捻ったという。確かにこれらは壊されれば困るが、兵士の詰め所や領主の館といった、もっと重要な施設はあるだろう、と。こんなモノ、すぐに直せるではないか、と。
しかし、2か月ほど時が過ぎ秋が深まる頃、普人族はコトの重大さに気付かされる。
同時多発的に壊されたこれらの施設は、中途半端にしか修理されず本来の性能を発揮しなかった。かんがい用水から充分に水が流れなければ、畑が不作になる。家畜小屋が壊されれば、肉や乳や卵が取れなくなる。(子牛や子ヤギが成長すれば取れるようになるが、それは来年や再来年の話であって、今年は取れないのである!)
馬車がやっと通れるような小さな橋は、応急的に修理されさらに狭く小さな橋になった。すなわち、人が渡るだけの馬車が通れない橋の出来上がりである。陸上輸送の根幹である馬車が使えない、それは物流が止まるコトを意味する。鉱山から掘り出した鉱石は運ばれることなく野積みされ、壊された施設を修理するための材木は建設現場に届くことなく街道で立ち往生した。
そのようなゲリラ戦を2年ほど続けた後、ゴブリン王は仕上げとばかりに3か国の王都に続く街道にある橋をすべて制圧、破壊した。物流が細くなった王都で暴動が発生する。もう誰も止められない。少ない食料をめぐり騎士団と近衛師団が殺し合い、王宮になだれ込んだ民衆が逃げ遅れた文官たちを血祭りにあげる。王都だけではない。領主の居城で、宿場町で、軍の駐屯地で。統治の根幹をなす施設から昇る黒煙を、ゴブリン王は配下の精鋭たちと見届けたという。
こうして、半ば自滅の形で南方ミール4か国は滅んだ。
その、国が滅びゆく様を見ていた、通称北方ガル3か国(ナムルガル王国、ハーミガル王国、ミズルガル王国)は、協定を結び南部への国境を閉ざし、南方の脅威に備えた。
・・・それで済めば、戦火は鎮まったのだが。
北方ガル3か国もまた、ゴブリン=コボルト連合軍討伐に動く。
・・・以後、戦は普人族対普人族以外の側面を色濃くしてゆくのである。
(つづく)
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ごーれむ君ひとコマ劇場
ゴブリン王「ナゼ、普人族ハ馬車ガ通レル橋ニ直サナイノカ?」
コボルト王「馬車みたいな重量物が通れる橋を作るには高度な土木技術が必要なんや。」
ゴブリン王「フム、ソウナノカ。」
コボルト王「で、そんな技術は国王や領主の独占物で、そんな立派な橋は国軍や領主軍の兵士でないと架けられへんのや。」
ゴブリン王「兵ヲ失ウトイウコトハ、いんふら整備モデキナクナル、トイウコトナノカ。」