第17話(4章3話) 再戦、からの・・・
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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『アルスタの戦い』から半年が過ぎようとしていた。すべてを閉じ込めていた冬は終わりを迎え、春の日差しが積雪を溶かし始めた季節。
ウルル関を奪われたイズミール王国は、ギュレン大将軍を総大将とした奪還軍を編成、この時期にようやく王国の東に位置するサシャリル領に集結させていた。
イズミール国王ケマル・イズミールは冬のうちに奪還軍を領都サシャリルに移動させたかったが、冬季に大勢の奪還軍を養う糧食が無い、との理由でサシャリル領主マグルラル伯爵から反対されていたため、春まで待つこととなったのだ。
「ギュレン様、いよいよ出陣ですな。」
「居城を間借りして申し訳ありません。マグルラル伯爵様。」
領都サシャリルの中央部、マグルラル伯爵の居城の一室でギュレン大将軍は城の主、マグルラル伯爵と会談していた。出陣自体はもう決定されており、諸々の些事は互いの部下が差配しており、最高司令官としてはもうやることがない、そんな昼下がりの出来事である。
「まずはモーシイの町、ですな。」
マグルラル伯爵は大テーブルに広げられた、サシャリル領の地図を見ながら話す。領都サシャリルから東に延びた街道、その行き止まりにある国境の町、モーシイまで行軍。そこで奪還軍は再集結し一気に東進、ウルル関を目指す。これがイズミール王国の立てた基本戦略であった。
「同時に斥候隊を出します。」
ギュレン大将軍は幾ばくかの皮肉を込めて冷静に返す。本格的な雪のため、冬の間はロクな偵察ができなかった。実際に偵察兵を出す羽目になるサシャリル領主マグルラル伯も協力的ではなかった。わざわざ危険な冬に大事な部下を偵察に出すバカはいないのであるが、ギュレン大将軍はコレをあてこすったのである。
「王都の優秀な偵察兵の実力、辺境の鄙びた我らに、ぜひお見せくだされ。」
”偵察はオマエの兵を使えよ”、と皮肉に気付かない風を装いマグルラル伯爵が釘をさす。王と臣下というが、各々の領地は独立採算である。たとえ王の不興を買おうとも、『国家の戦略より領地の安堵が優先』、これが領主の常識だった。
それから暫し、牽制や皮肉の混じる主導権の取り合いを経て、ギュレン大将軍は奪還軍の本部に戻って行った。お互いに、『ヤな奴!』という感想を残して。
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実際、ギュレン大将軍の立場はそれほど盤石ではなかった。ウルル関を襲ったゴブリン共の先頭に3年前に取り逃がしたゴブリンの強化種がいたことが、ギュレン大将軍の立場を弱めていた。”あの時取り逃がしたりしなければ、ウルル関は堕ちなかった。この責はだれに?”という陰口が、この半年王宮内でかなり大っぴらに囁かれていた。
新領地開拓とコボルト国侵攻は、ウシャル領復興に代わる王国の浮沈をかけた乾坤一擲の大事業である。それが初手から躓けば、スケープゴートを探すのも致し方ないのかもしれない。自分がその役を押し受けられるのはまっぴらだと思うギュレン大将軍ではあったが。
新領地開拓が躓いたことは周辺諸国にも知れ渡っており、隣国が弱体化したイズミール王国を虎視眈々と狙っている。北方西方の国境沿いがキナ臭くなっているため、奪還軍も3年前の様な大軍ではない。しかも各領地からの兵をかき集めての混成軍である。
「が、それでも勝たねばならない。」
一人そう呟いて、ギュレン大将軍は明日からの出陣に思いをはせる。
翌日。まだ小雪チラつく鉛色の空の下、奪還軍はモーシイの町へと向かっていった。
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「小鬼共め、今度も蹴散らしてくれる!」
モーシイの町からウルル関に意気揚々と出陣した奪還軍は、ウルル関西側の平原でゴブリンの群れに遭遇、そのまま戦闘状態に入り・・・、呆気なく壊滅した。
『アルスタの戦い』とさほど変わらない、囮作戦に引っ掛かったのである。
普人族がイメージするゴブリン(つまり、単なる野獣)に偽装した兵とゴブリン王が囮となって奪還軍を挑発、逃げるフリをして重く深く敷かれた陣の最奥まで奪還軍を誘導、あとはフルボッコするだけである。
もともと混成軍だった奪還軍は左右からの伏兵に1つの戦闘集団として対応できず、『逃げ惑う子羊の群れ』の様に敗走していった。
「我々ハコンナ連中ニ滅ボサレカケタノカ・・・。」
と、ゴブリン王が戦の途中であるにも関わらす拍子抜けするほど、奪還軍は脆弱だった。
「追エ! 一兵タリトモ逃ガスナ!」
しかし、ゴブリン=コボルト連合軍の作戦はコレで終わりではなかった。敗走する奪還軍の後ろから追撃隊を出したのである。決して逃がすことなく、そして追いつくこともない速度で。
「助けてくれえぇぇ。」
「逃げろ、逃げろぉ!」
「待って、置いてかないでぇぇ・・・。」
潰走する兵士達に秩序は存在しない。己の体力の許す限り、全力で、最短距離を逃げるものである。逃げる兵が作る列はまっすぐモーシイの町へ向かっていった。ダラダラと、途切れることなく。
モーシイの町は絶え間なく逃げ込んで来る敗残兵の収容に手一杯で、近づいてくるゴブリン=コボルト連合軍に対応する力はなかった。一部の気の利いた者が町の門を閉めようとして、逃げ込んで来た奪還軍の兵士たちにメッタ刺しにされたことで、門は開け放たれたままとなった。
ゴブリン=コボルト連合軍は、追撃の勢いのままモーシイの町に雪崩れ込み、あっさり町を殲滅する。逃げる者は追わなかったが、町に留まろうとする者は、町の住民も逃げ込んだ兵士も区別なく血祭となった。壮絶な市街戦となったモーシイの町は灰燼に帰し、単に歴史上の存在となる。
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モーシイの町を陥としたゴブリン=コボルト連合軍は迷うことなく街道を西進、領都サシャリルを包囲する。
「攻城兵器のないゴブリンに街の城壁は破られない!」
サシャリルの領主マグルラル伯爵はそう言って兵に激を飛ばしたが、ゴブリン群はサシャリルを包囲するだけで一切攻城作戦を行わなかった。
・・・3日後も、10日後も。
包囲が10日を超え、『これは兵糧攻めである』と気付いた時には遅かった。人口2万人、この時代の標準的な都市であるサシャリルは日々6万食の食料を必要としたが、領軍の倉庫にそこまでの備蓄はもちろんなかった。
サシャリルは飢餓の街に変わる。住民より領軍に食料配給が優先され、飢えた住民が領軍と小競り合いを繰り返す。暴発しないのは、双方飢えて暴動するチカラすら残っていないからだ。
包囲から2か月。住民の大半が餓死し、兵士たちの食料も尽きつつあったある日。サシャリルの見張り兵は東門付近に妙な立札が立てられているのを発見する。
『街を明け渡せ。武装解除し西の王都に向かうなら追いはしない。その意思があるなら領主の首をこの台に置け。』
立札のそばには2つの台があり、片方の台には何も置かれておらず、もう片方には塩漬けされたギュレン大将軍の首が置かれていたという。
サシャリル城内で普人族同士の戦闘が続き、台の上に領主マグルラル伯爵の首が乗せられたのは、それから間もなくのことであった。
サシャリルの城門は開かれ、丸腰で着の身着のままの兵士達がよろよろと西へ向かう。それを見張るゴブリン軍は一切手出ししない。
「これで助かる・・・。」
思わず気を抜いた元領軍兵士に、森の魔物は容赦なく襲い掛かるのだった。
イズミール王国歴139年7月初旬、サシャリル陥落。
(つづく)
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