第14話(3章6話)新たなる火種 その2
2021年9月17日改稿。誤字訂正。
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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彼がゴブリン国を興して2年が経った。
集落の纏め役程度の経験しかない彼であったが、コボルト王の物心両面からの支援もあり、何とか国として回って行くようになっていた。
今日は、そんなゴブリン国をコボルト王が親善のために訪問する予定である。
「久しぶりやなぁ、元気にしとったかぁ?」
隊商を組んだ2トントラック程の大きさの浮揚地上船が、ゴブリン国の王宮前広場に整然と駐車? する。その先頭車両? から飛び降りて王宮の主人に両手を大きく振るのが、コボルト王その人であった。(両手だけでなく、シッポもブンブン振っていたのだが。)
「ワザワザ来テクタサリ、感謝スル。」
王宮の玄関でわんこ達を迎えるのは、国王となった彼とその仲間たちだ。2年という時間は、彼らに曲がりなりにも”閣僚”と呼べる雰囲気を身に纏わせるようになっていた。
「相変わらず堅苦しいなぁ。ま、元気そうで何よりやて。」
5メートル級の彼と160センチ級のコボルト王では体格差がありすぎるのだが、コボルト王はまるで気にする様子もなく”ぺしぺし!”とゴブリン王の脚を叩く。そんなコボルト王をげんなりした表情で見守るのは、コボルト国側のお付きのわんこ達である。
(オメーはフレンドリーすぎるんだよ! もうちょっと礼儀ってモンがあんだろ?!)と内心ツッコミを入れるのだが、何度言っても聞かない王様に諦観しているのも事実である。
「で、今回もいろいろ持ってきたでぇ!」
と、コボルト王はドヤ顔で広場に並んだ浮揚地上船を見せびらかす。無蓋車のような浮揚地上船の荷台には、コボルト国からの支援物資が過積載と表現するのもカワイイ量で積まれていた。
「重ネ重ネ、礼ヲ言ウ。我ラハ、コノ恩ヲ忘レヌ。」
「ええって、ええって。うちらの都合でもあるんや。気にせぇへんとって。」
彼の礼にコボルト王が軽~く応える。堅苦しい彼とフランクなコボルト王。意外に気の合う2人?の王は王と言う立場を抜きにして友人だった。
「王サマ。立チ話モナンデスカラ、中ニ・・・。」
彼を補佐するナンバー2が進言する。
「オオ、ソウデアッタ。ササ、中ニ入ラレヨ。」
「オ付キノ方々ハ、コチラヘ。」
ゴブリン王がコボルト王を王宮内に誘うと、ナンバー2がソツなくお付きのコボルト達を控えの間に誘導する。ナンバー2も彼同様、2年前わんこ達に命を救われた一人である。意外に番頭気質があったのか、このような雑事を彼に代わって差配しているのだった。
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「7カ月ぶりかぁ、相変わらず、賑やかなやな。いや、また増えたんちゃう?」
王宮に入り改めてお茶など飲みながら歓談する2人の王。所謂、”王の間”的な部屋であるはずのその部屋には、妊婦や乳飲み子を抱えたゴブリンの母親が沢山座っていた。
彼女たちの周りを、母親の倍の数ではきかない、ようやくハイハイし始めたゴブリンの乳児達が思い思いに動き回り、それら無軌道な幼子の世話をするため年若いゴブリンの娘たちが悪戦苦闘していた。部屋にはミルクや赤ん坊の甘い匂いが漂い、時折泣き出す赤ん坊の声が響く。部屋の主人であるはずのゴブリン王とコボルト王は、部屋の片隅の小さなテーブルで肩身狭く茶を啜っていたのだった。0歳児保育所もかくや、という部屋の様子にコボルト王は気を悪くする風もなくほっこりと相好を崩しつつ赤ん坊たちを眺める。
「スマヌ。王宮ガ一番安全ナノデナ・・・。」
流石に客人(しかも国賓)を迎える部屋ではないと自覚しているのか、ゴブリン王は恐縮する。此処にいる母親とその子たちは、ゴブリン王や閣僚たちの妻達である。ゴブリン王は妊娠中の自分の妻達の他、部下達の妻達もこの部屋に収容し、安心して出産、子育てができるようにしていた。
「ええって。確かにココより安全なトコはないやろうなぁ。むしろゴブリン王の心意気に感心したわ。」
相変わらず軽~く応えるコボルト王。
そもそも今いる建物とて”王宮”と呼ばれているが、単に木の板で壁を作ってある、床面積だけはデカい木造平屋建ての建物でしかない。
もともとゴブリン族は切り倒した樹木で粗末な掘立小屋を造る程度の文明しかなかった。樹木を製材して”板”を作るということを知らなかったのだ。
この王宮も、ゴブリン達が建てたのではなく、コボルト国からの木材と大工の技術供与があってやっと完成したのだ。そうして出来上がった”王宮”を、ゴブリン王は自分の権勢を誇示するためにではなく、妊婦や赤ん坊とその母たちの居場所として使ったのである。
(安全で清潔な“王宮内”なら安産やし、乳幼児の死亡率も抑えられる。一か所に集めることで世話する人間を集中運用、ノウハウが共有化されるか・・・。ワイが思うた以上に“王様”しとるなぁ。ワイも見習わんとなぁ。)
王宮が保育園みたいになっているが、意外に合理的な運用であることにコボルト王は内心驚く。確かに”王様になろう!”と勧めたが、思った以上に為政者だった。
「しっかし、皆さん嫁さんばっかやなぁ。王様になってハーレム作るとは思わなんだよ。」
内心の驚きを隠すように、コボルト王はゴブリン王とその重鎮たちを混ぜっ返す。
「シカタナイ。我ガ国、オトコ少ナイ。」
少し顔を赤らめて、ゴブリン王は応える。ゴブリン国は、コボルト国と普人族の間に盾となるべく興された国である。しかし同時に、ゴブリン狩りにより集落を追われ難民化したゴブリン達の受け皿として建国された国でもあった。コボルトやオーク、ドワーフ等の慣れぬ人型の国で余所者として暮らしていたゴブリン達は、今も陸続と”希望の地”に逃げ込み続けていた。
普人族のゴブリン狩りは苛烈を極め、男たちが囮や死兵となってようやく女こどもだけを逃がしている。当然難民は女こどもばかりとなり、結果ゴブリン国は現在深刻な”後家さん多数”、”おムコさん不足”となっていた。
現在、ゴブリン王以下重鎮たちは若い初婚の娘たちだけでなく、ちょっと年上お姉さんたちの再婚相手として昼も夜(!)も奮戦しているのだった。(もともと“群婚もアリ!”な生活習慣だったので、ゴブリン的にはすごく普通の事だったのだが。)
「それで、西の方はどないな感じなん?」
ひとしきり揶揄った後、コボルト王は本題に入る。わざわざ国を空けてコボルト王自らがやって来たのは、彼に西の国境の様子を詳しく聞くためであった。
「斥候ト思ワレル、少数ノぐるーぷガ西ノ森ニ侵入シテイル。数ヤ頻度モ3カ月前カラ格段ニ増エタ。」
ため息交じりに答えたゴブリン王は、テーブルの上に敵の遺品を並べてみせる。その中の一つを手に取り、コボルト王は表情を険しくする。
「これ、地図やんか。・・・、かなり奥まで入られとるな。」
羊皮紙に手書きで書かれた絵は、間違いなくゴブリン国を偵察した地図であった。山脈や川、池の配置からゴブリン国の勢力圏の西の端であることが判るが、徒歩で踏破したにしては結構奥まで描かれている。
「コレト、見比ベテ欲シイ。」
斥候の地図の隣に、ゴブリン方が一枚の地図を広げた。コボルト達の協力の下、ゴブリン達が描いたゴブリン国西端の地図である。当然と言えば当然だが、2枚の地図は驚くほどよく似ていた。
「こら、かなり精確に偵察されとんな。」
普人族の文字は読めなくても、地図上に書かれたメモ書きが何を意味するかは予想がつく。危険な魔物のねぐらや飲める湧き水の場所、大軍が進みやすいルートに野宿に適した場所。すべてが本格的な侵攻を前提とした調査であることは明らかだった。
「普人族側に偵察はしとらへんの?」
「森ヲ抜ケタ平原ニ、奴ラノ拠点ヲ見ツケタ。ココダ。」
コボルト王の問いにゴブリン王が地図の西端、森と平原の境目の平原側を指さす。
「拠点ノ警戒ハ厳シイデス。今ハ、森ノ中カラ拠点ヲ見張ルダケニ留メテイマス。」
とは、ゴブリン王の部下、偵察担当の説明である。
「常駐する拠点まで作っとんかいな。猶予はないなぁ。」
普人族のやる気にコボルト王がゲンナリしながらボヤく。
「おそらく戦争になるやろ。開戦までもう時間無いで? 準備はどうなん?」
コボルト王がいよいよ核心に迫る。ゴブリン国の建国目的、普人族への盾としてどこまで有効なのか? コボルト国としても少なくない投資をしている。その成果が試される時が近づいていた。
「若イ兵ハ鍛エタ。”防衛らいん”モ構築シツツアル。今度コソ、我ハ守リ抜ク。」
彼は決意を込めて応える。生まれ故郷、そして妻子を得た第2の故郷も亡くした彼は、王として国を興しながら、復讐を忘れていなかった。
「「「ワタシ達モ戦イマス。」」」
ゴブリン王の言葉に続いたのは、部下の兵士だけでなく女たちもであった。故郷を、家族を奪われ、塗炭の苦しみに耐え、ようやく手に入れた安住の地。その地を守らんと、王に続いて決意を示す。
「アンタ達だけに戦わせはせぇへんよ。うちからも兵を出す。当てにしてくれて、ええんよ。」
事実、持ち込んだ支援物資の半分は対普人族戦用に用意したモノだった。
開戦不可避の認識を共にして、2人の王がしっかりと手を握りあう。今のゴブリンは弱く、攻められ逃げるだけだった最弱人型ではない。
「来ルナラ来イ。目二モノ見セテヤルワ。」
まだ見ぬ悪魔の軍勢を思い浮かべ、彼は戦意を高めるのだった。
(つづく)
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