第10話(3章2話)復活の魔王 その1
2021年2月26日改稿。誤字訂正。
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。本編の前史に当たるお話を集めております。
本編の後に、本作をお読みいただけると、より解りやすいと愚考いたしております。
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、先に本編をご笑読ください。
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朦朧とした意識の中、全身を貫く激痛に彼は苦しむ。夢か現か、区別のつかぬ彼に見えるは、傷つき倒れる寸前の光景であった。
高い石垣に囲まれたアクマの巣を攻め滅ぼし、これでアクマに脅かされることもなくなったと、皆で喜んでいた。ゴブリンの安泰を実現した、ココが同胞の楽園になると、その時は思っていた・・・、ヤツラが来るまでは。
今までとは比べ物にならないアクマの軍勢。一方的に蹂躙される同胞たち。整然と隊列を組み、圧倒的なチカラで迫るアクマの軍勢に、ただ数がいるだけのゴブリンはひとたまりもなかった。
運よく(そう、単に運よく)生き残った同胞達を何とか集め、逃げた。逃げて、逃げて、更に逃げた。
しかし、アクマ達は追ってきた。平地を抜け、川を渡り、丘を越え、森に入っても、ヤツラは追うのを止めなかった。魔物がはびこる危険な森の奥深くに入っても、追跡は続けられた。
後ろから迫るアクマに殺される者だけでなく、森の中では魔物に殺される者も少なくなかった。彼はある時は先頭で、ある時は殿で仲間を守る盾となって戦った。
しかし・・・。
ついに森の奥深く、アクマに追いつかれ包囲された。
もはやこれまでと、最後の力を振り絞り、仲間たちと戦った。最後まで生き残った仲間が次々と殺されていく中、何故か包囲の一角が崩れるのを見、囲みを突破した場面で彼の記憶は途切れる。
「アア、マタ、守レナカッタノカ。我ラハ、ダタ殺サレルダケノ存在デシカナイノカ・・・。」
激痛に苛まされながら、彼は悔しさに涙を流す。
そんな彼を、見つめる者がいることにも気づかずに。
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「医者、患者が泣いています。」
「辛いコトでも思い出しているんだろうね。ま、泣く元気があるなら死なないね。引き続き容態の経過を注視しててくれ。何かあったらすく報告するコト、いいね?」
「わかりました、医者。」
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深い泥の底に沈んでいた意識が、急速に現の領域に浮かび上がろうとしていた。
「ウ・・・、ウ?」
朦朧とした意識の中、彼は状況を把握しようとするが、身体は石になったかのように硬く動かず、瞼は意思に反してピクリとも動かなかった。遠くから誰かが話す声が聞こえてくる。
「医者を呼んできて! 患者が、目覚めそうなの!」
「・・・! 〇△◇! 」
「※♣△P!」
・・・周囲の喧騒を余所に、再び彼は意識を手放した。
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次に目が覚めたとき、彼の眼に見えたのは、“知らない天井”だった。
「ウウ、ココハ?」
「ようやくお目覚めだNE。ボクの声が聞こえるかNA?」
今度の覚醒は唐突だった。一気にクリアになる意識に、聞き覚えの無い声が届く。
「・・・ッ! ダレダ?! グハッ!」
未知の存在に、思わず誰何し起き上がろうとする彼。しかし身体は彼の意思に反し動くことなく激痛を返してきた。
「急に動いちゃダメだYO。フツーなら死んでる傷なんだかRA。」
何とか声のする方向を見ようとするが、顔すら動かすことができなかった。辛うじて眼だけを動かしてみると、そこには、2匹のワンコがいた。
「やあ、ボクが見えるようだNE。身体はまだ動かないと思うけど、声は出せRU?」
ワンコのうちの一匹が、そう彼に話しかける。
「ナ、ナカマハ無事カ?!」
仲間の安否を聞く彼に、ワンコは呆れた様子で応えた。
「生き残っている人たちもいるYO。別の場所で、休んでいるNE。・・・まったく、どんだけ仲間想いなんだKA。」
無事な仲間がいる。その応えに安堵したのか、彼はまた意識を失った。
「・・・また失神したのか。ま、安静にしてもらわないとな。」
白衣を着たワンコはそう独り言ちると、もう一人のワンコに指示を出す。
「引き続き、経過観察。あと、お仲間さんたちに伝えておいて。一旦目をさましたってね。ボクは王様に報告してくるよ。」
まったく世話の焼ける患者だ・・・とブツブツ言いながら立ち去るワンコに、もう一人のワンコが一礼しながら応える。
「判りました、医者。」
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「ご飯ですよ~。」
部屋の戸が開いて、ワンコ、じゃなくてコボルトが一抱えはある巨大な寸動鍋が入ったワゴンを押して入ってきた。
「アア、分カッタ。」
上体を起こした彼の右側、丸太を組んで作られたキャットウォークの階段を、寸動鍋を抱えながらコボルトが上って来る。
「よいしょ、っと!」
寸動鍋を足場に置いたコボルトが、これまた工事用のスコップサイズのスプーンを出して鍋からスープを掬う。
「はい、あーん!」
「アーン。」
彼の口に、スコップサイズのスプーンでスープを運んでいく。口に運ばれたスープを、彼はゆっくりと飲み込んだ。
「大分よくなってきてるね。でも、まだまだ安静にしなきゃだめだよ。」
続いて足場に上がってきた、白衣を着たコボルトが彼に話しかける。
「ハイ、センセイ。」
白衣のコボルトの指示に、彼は素直に返事をする。実際、ようやく半身を起こせるようになったものの、両手両足にはアチコチに布団サイズの特製絆創膏が貼られていて、とても動かせない。彼の背中を支えているのは、大きな板で作られた、これまた特注の背もたれで、この背もたれは沢山のジャッキやらクレーンやらで彼の巨体を起こせるように作られていた。
「素直でよろしい。」
そう話している間にも、寸動鍋からのスープの給仕が続き、彼に栄養を与えて行く。スープは少しぬるめ、というか辛うじてちょっと温かみがある程度でしかないが、これは飲み込むこともまだ満足にできない彼に熱々のスープでは危険だからである。
「全身の痛みはどうだい?」
「マダ、トテモ痛イ。」
「そうだろうね。骨折だの化膿している傷が熱を持っているし、痛みはまだ続くよ。」
一口スープを食べると、医者からの問診が一つ。問診が一つ済んだら、またスープを一口。交互に行われるのは、胃腸にもダメージがあって一口ずつゆっくり食べさせる必要があるからで、空いている時間に問診が行われていた。
「センセイ、仲間達ノ様子ヲ、教エテ欲シイ。」
「ああ、いいよ。あーで、こーで・・・。」
起き上がり話せるようになると、彼は仲間の様子を聞きたがった。医師は、その都度別の場所で保護しているゴブリンたちの様子を小出しに話すのだった。
「さあ、ご飯はおしまい。身体を寝かすよ。もうお休み。」
「カサネガサネ、礼ヲ言ウ。」
「気にするな。ボクは王様の命に従っているだけさ。」
医師が手を挙げて合図を送ると、どこにいたのか、周りからわらわらと作業着を着た毛玉、じゃなくてわんこ達が現れて、作業を始めて行く。クレーンの鎖を緩める者、ジャッキを縮める者、「イチニ、イチニ。」と声を掛け合いながらゆっくりと彼の背もたれを操作し、彼の巨大な躰を横たえて行く。
彼が完全に横たわると、作業着の集団はどこかへ行き、入れ替わりに白衣を着たわんこや薄桃色のワンピースを着たわんこたちの集団が、大八車クラスの荷車をガラガラと曳いて現れた。巨大な獲物に取り付くアリたちのように彼の身体に近づくと、絆創膏をはがして薬を塗りなおしたり、化膿した傷口を清潔な布でふき取り化膿止めの軟膏を塗ったりと、怪我の手当てをし始める。
「ヴ、ヴグヴ・・・。」
薬が染みるのだろう、彼はうめくが暴れない。彼らが傷の治療をしてくれていると理解っているから、痛みに耐えるのである。(もっとも、満足に動くこともできないくらい衰弱しているのも事実だった。)
「明日もこれくらい元気なら、お仲間を何人かココに連れて来るよ。短い時間なら、お話してもいいからね。」
治療の様子を見ながら、医師はそう彼に告げるのだった。
(つづく)
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