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第5話 悪霊

「悪霊が……取りついたもの?」


「そう……」


「いや、でも、あれはどう考えても事故じゃ」


()()()()()()見えてしまうんだよ。悪霊が関わったことは……」


 彼女からは、さっきまでの愉快な雰囲気は感じられなかった。


 だから、その時、俺は変に緊張したのを覚えている。


「幽霊には、霊力と呼ばれるものがあるんだ」


「……霊力?」


「そう。一種の力。まあ、普通の人間が目にすることはめったに無いんだけどね。そうだね。例えば、透明になったりとかかな」


――昨日、姫川 ウラがやってたあれか――


「あれ……?」


――そういえば、この人、昨日俺をタンスに入れたって言ってたよな。でも、実際に入れたのって姫川 ウラじゃ……――


「実際に見せた方が早いかな」


「……えっ」


 すると、大剣である彼女から透明の手が伸びてくる。それは俺をしっかりと掴む。


「……今から何を?」


 なんだか嫌な予感がした。


「何って、少し霊力を見せようかと」


「えっ」


 そう言うと、俺を掴んだまま、彼女は窓に突っ込む。


「いや! ぶつかる!」


「はい」


 彼女がそう言うと、俺と彼女は窓ガラスを突き破って外に出ていく。そして、俺たちは空に浮いていた。


「これ、霊力を使って浮いてるんだ」


「いや! あれ、どうすんの!」


 俺はどうしても破壊した窓ガラスの方が不安になった。


「大丈夫、大丈夫。見てみ」


「……えっ」


 俺たちが突き破った部分の窓ガラスがしだいに直っていった。


「どういう……」


「これね。霊力が関わった出来事は結果的に関わっていないものとなるの」


「……どういうことだ?」


 彼女は人差し指を立てながら言う。


「要するに……目の前に飲もうと思っていた牛乳があったとするじゃん」


「ほうほう」


「それを幽霊に飲まれちゃったとする」


「それで?」


「でも、それを飲もうとしていた本人は、なぜか飲んだような記憶が付与されてるんだ。飲んでないのにだよ」


「……ううん?」


 正直、俺はよくわからなかったので、自分なりに解釈をする。


「要するにカップルが二人でいる時は、元カノや元カレのことなんて最初からいなかったように感じられる……みたいなものか?」


「うん。なんかすごい例えをしてるけど、つまりはそんな感じかな。まあ、霊力が関わるとそんな記憶の曖昧さとか生ぬるいレベルじゃないぐらい出来事が変わるけどね」


 俺はとりあえず、冷静に物事を考えてみる。


「えっ。つまりはなんでもありじゃねえか!」


「そう。なんでもありなんだよ。何やっても許される。法律じゃ裁けない。てか、もう死んでるし。だから、あーいうことをする人も出てくる」


「ん?」


 俺が道路に視線を移すと、そこには金持ちそうな男がいた。そして、その後を農業用のクワを持った悪霊が歩いている。


「なんだ? あれ?」


「たぶん、あの男に借金をしていたのかな。それで、いろいろともめ事があったんだろうね。あの悪霊は男を殺そうとしている。悪霊になった理由はよくわからないけど、試しにあの人を助けてみようか」


「……? 助けるって、どうやって」


「簡単だよ」


「ううん?」


 すると、なぜか彼女は俺を投げる構えを取る。


「……あの、なぜあれに向かって投げようと?」


「さあ、いっくよー!」


 俺は自分の意見を出す前に、勢いよく投げられる。


「ええええ!!」


 俺……すなわち刀はクワを貫いた。折れたそれは力無く地面に落ちる。


『……ああ』


 それと同時に、幽霊は砂のように消えていく。


『……ありがとう』


「……っ!」


 その時、幽霊がそんなことを言った気がした。


 彼女は再び、俺のもとにやってくる。


「こんな風に悪霊が取りついている道具を壊せば、悪霊は消えるってこと。わかった?」


「…………」


「……? どうしたの?」


「いや……」


 俺はなんとなく、金属の体から感じる何かを話した。


「……この悪霊だった人。最後まで、諦めずに働き続けたんじゃないか……って」


「へ?」


「最後まで、頑張って畑仕事して……それでも、どうしようもなくて……家族も離れていって……それでも諦めきれなくて……」


 俺は、おそらく刀でなければ、情けないほどいっぱい涙を流していただろう。


 それぐらい、俺の声は震えていた。


「最後まで、このクワを持ち続けたんじゃないかな。……なんとなく、そんな気がするんだ」


「……そう……なんだ」


 すごく……自分勝手な解釈だけれど、それでもこの人が最後に俺にお礼を言ったことが。


 ものすごく切なかったのを覚えている。



*****************************



 彼女は再び俺を持ち、空を飛び始める。


「あんな感じに、未練の残った人間は悪霊になっちゃうの」


「……おお。俺もうっかりこの刀に取りつかなければ、ああなってたのか」


 ふと、俺の頭に疑問が浮かぶ。


「あれ? なんで、この刀は大丈夫なんだ?」


「…………」


「もしかして、ものすごく神聖な道具で、未練とか吸い込んじゃうすごいアイテムなのか!」


「…………」


「……あのー。なんで何も言わないんすか?」


「逆……だよ」


「……へ?」


 彼女はなぜか、言うのを躊躇っていた。それでも、悩んだ末に彼女は言う。


「……その刀……実際に戦国時代に使われてた刀でね」


「……うん」


「数えきれない人を斬ってきたから。そのもの事態がやばいぐらい呪われてるんだよ」


「……えっ」


――なんだろう。ものすごく聞きたくなくなってきた――


「取りついた個人の未練なんてどうでもいいぐらい怨念がこもってるんだ。それが霊力の負の部分を吸い込んでいるから、私たちはかろうじて意識を保ててる」


「……へー」


 彼女はそのまま、どこかへ向かっていた。


「なあ。どこに行くんだ?」


「君の体のところだよ」


「俺の?」


 なんとなく愉快な声に戻り、彼女に言う。


「そろそろ君も自分の体に戻りたいでしょ。だから……」


 その時だった。


 どこかから激しい爆発音が聞こえたのは。


「えっ! なんだ!?」


「…………」


 彼女は先ほどまで向かっていた方向とは違う方へ向き、何か考え込んでいた。


「……悪霊がいる。これは……昨日のトラックの……」


「昨日? なんで?」


「おかしい。確かに……昨日のやつの反応は消えたはず。君が轢かれて、確実に未練は無くなったはずだよ」


「……なんだ? 何が起きてんだ?」


 なんとなく、彼女にも予測できないことが起きていることはわかった。


「……まさか、一人だけじゃ満足できなかったっていうの? それはさすがにまずいって……」


「なあ、状況を説明してくれ」


「あの悪霊が……今度は別の場所で暴れてる。……ごめん。悪いけど、先にあいつを片づけないと」


「って! ええ!」


 再び勢いよく進み出す彼女。


 不穏な空気が漂っているのを、俺たちは感じていた。

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