第3話 異物
俺は長塚 ハヤト。17歳、高校2年生だった。
だった……というのも、俺はこの状況で生きていると考えて良いのだろうか。
なんとなく……こう言った方が正しいのではないだろうか。
長塚 ハヤト。享年18。現在、幽霊としてさまよっている。
――……は?――
自分で考えておきながら、自分の考えに呆れる。
だが、現に目の前に死にかけの自分が救急車に運ばれているのを見ると、そう結論づけなければ説明できなかった。
――どうなってんだ?――
俺の体は透け、どうやら周りの人間は俺が見えていないようだった。
――…………――
はて、どうしたものか。
このまま、ここにじっとしていて俺の肉体が死ねば、本当に幽霊になりかねない。
かといって、何かしようにもどこに向かえば良いのだろうか。
……そんなことを考えている時だった。
――そこのトラックの中に入って!――
――……えっ?――
どこからか、声が聞こえてきた。声の高さからして、女性のものだった。
――早く入って! じゃないと、あなたの魂が大変なことになっちゃうから!――
――えっ!? ……??? 大変なこと??――
――いいから! 早く!――
どうすればよいのかわからない俺にとって、その指示には従わざるを得なかった。
――お、おう! なんかよくわかんないけど、とりあえずこのトラックの中に入ればいいんだな!――
そのトラックというのも、俺の血が付着し赤く彩られていた。そう……俺を轢いたトラックである。
――……うっ――
――何やってるの!? 早く!――
――いや……わかってるけども……。ええい! どうとでもなれ!――
俺はトラックの中に突っ込む。俺の体は幽霊の状態だからか、そのトラックの中に潜り込むことができた。
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どれくらい時間が経っただろうか。
トラックの中に入った瞬間、俺は何かに引きずり込まれる感覚に襲われた。
その後、なぜだか体のケツから首までが変に張っているような感覚になり、ついには手足そのものが無くなったように思えた。
……俺は一体どうなってしまったのだろうか。
途中、警察の人間だろうか? とにかく、トラックの中を調べる人間が入ってきた。
その人物に声をかけたが、届かなかった。
魂だけになり……挙げ句の果てには、よくわからない声の言うことを聞き……体の感覚がおかしくなっている……と。
――は?――
意味がわからなかった。
自分の置かれている状況というのがあまりにもおかしなものだった。
それからしばらく経ち、また誰かが入ってきた。
男二人だった。作業服を着ていて、今度は警察ではないようだった。
どうも俺はショーケースの中に入っているらしく、それごと俺を持ち上げた。
二人は俺を運んでいく。俺はどこに行くのだろうか。
病院……は魂だけだからあり得ないはずである。
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俺は博物館に運ばれていた。
歴史に関する部屋の一角に俺は置かれた。二人は俺を置いたまま、その部屋を去っていった。
――えっ? 何が起きてんだ?――
訳がわからなかった。どうして、俺はこんなショーケースの中に入って、運ばれたのだろうか。
そもそも、なぜに博物館?
それから数時間経った後、数人その歴史のスペースに入ってきた。
その中で、よくわからないおじさんがずっと俺を凝視する。
気味が悪かった。なぜ、ずっとこのおじさんは俺を見ているのだろうか。ゲイなのだろうか。
そんなことを考えていると、おじさんは衝撃の一言を言う。
「うむ。……今日展示されると聞いて来てみたが、まったく変な刀だなあ。誰が使っていたかもわからないのか」
――……刀?――
おじさんの言葉はよくわからなかった。俺の周りに刀など無かった。
「まあ……いちおう写真は撮っておくか」
パシャリとカメラのシャッターの音が響く。
それからおじさんが振り返り、去っていくところでちょうどカメラに写るそれが見えた。
そこには……ショーケースに入った長く立派な刀が写っていた。持ち手が青く……美しい日本刀である。
…………。
――はい?――
俺は嫌な予想をした。
――……まさかな――
俺は試しに体に力を入れる。
――まさか……な――
すると、ピチピチとはねる感覚に襲われた。それは打ち上げられた魚の感覚に似ていた。
もしくは……。
――俺の体……もしかして……――
またもやピチピチとはねる。すると、ちょうど地面に付く時の小さな金属音がショーケースの中で響く。
…………。
――俺の体……刀になってない?――
俺はしばらく黙っていた。
それから何人か博物館にやってきた客は俺を見ると、みな口を揃えて「変な刀」と言った。
俺は……その現実を受け入れずにはいられなかった。
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――…………――
それから……1日ほど経った夜のことだった。
――俺……どうすりゃいいんだ――
思えば、迂闊だった。あんな声を真面目に聞いて、従った結果がこれである。
そもそも魂だけになって、どんな風に大変なことになるのだろうか。
――それにしても、あの声の主は一体誰だったんだ?――
そんなことを考えていた時のことだった。
――ん?――
夜で客がいないというのに、人がいたのだ。
――誰だ? ……おいおい警備が甘いぜ。泥棒が入ってんじゃねえか――
それから、なんとなくその泥棒の様子を見ていた。
――……女の子か? このご時世に泥棒に入る子なんているんだな――
ピンク色の髪を持つその子は、俺のいる歴史の展示室にやってきた。
――おいおい。こっち来るよ。……なんだ? この子……――
その時、俺は自分の目を疑った。
――……えっ――
その人物は俺の知っている人物だったのだ。
――姫川 ウラ!?――
そう。髪の色が違えど、その姿は紛れもない彼女だった。
制服の上着を腰に巻くその姿は、昨日までのなんとなく地味な彼女とはまったく違っていた。
「やっと……」
彼女は何かを喋り出す。
「やっと見つけた」
――……へ?――
暗くてよく見えないが、その片手には何か大きな物を持っていた。
それは……。
――……大剣?――
瞬間。
刀……もとい俺すれすれにその大剣を振るう。
すると、そのショーケースは音も発さず、切れていた。
「さてと……」
彼女はその切られたショーケースの上部分を後ろに置き、俺の姿を確認する。
「んじゃ……行こっか」
――……えっ――
そう言うと、彼女は俺を持ち上げる。
――……えっえっえっえっ!――
そして、その場を去ろうとする。
――えっ。もしかして、俺今……泥棒に盗まれてんの?――
「うーん。面倒だなあ」
彼女はとある通路を見て、考え込む。
俺もそれを見る。どうやら、センサーが流れていて、それに引っ掛かれば警報がなるようだ。
――てか……あれって普通人には見えないんじゃなかったっけ。まあ俺、今人じゃないけど……っていや、そうじゃなくて!――
正直……盗まれようがなかろうがどうでもよかった。いやむしろ、盗まれない方が一生この博物館にいることになって退屈だろう。
――さて……この女、姫川 ウラはどうするのだろうか――
「まっ……いいか。入る時は気を使ったけど、どうせ後は出るだけだもんね」
――なんか、嫌な予感が……――
その予感は的中し、皆さんよく知っているクラウチングスタートの体勢を彼女は取る。
「よーし。行くぞー」
彼女は一気に脚に力を込め、センサーの中に突っ込んだ。
その瞬間、警報は鳴り響く。
――ええ! えええええええ!!――