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第1話 日常

 普通の生活だった。


 事故や事件に巻き込まれたことなど無く、大きな病気や怪我をしたことも無い。良い両親は持ったし、友達も多い方である。


 学校に来ては、休み時間は昨日見た番組の話で盛り上がる。授業はわりと真面目に聞き、並み以上の成績は維持していた。


 帰ってからは次の日の予習をした後、テレビゲームに取り組む。10時になれば止め、少し筋トレをしたらベッドで睡眠を取る。


 そして、朝起きて朝食を取ったら、また学校に行く。その繰り返しである。


 毎日が同じようなことだったが……わりとつまらないものでも無かった。むしろ、充実していたと思う。


 こんな日々が続いてほしいと思っていた。


 しかし……その願いは無残にも崩れてしまうのである。



*****************************



「おーい! ハヤト!」


 長塚 ハヤト、17歳、高校二年生。


 それがこの頃の俺である。考えが浅く、どんな人にも気楽に話せるのが強みだったのだろう。


「いい加減起きろ!」


 とある少女が勢いよく毛布を剥いでくる。


 冷たい空気が服を通り抜けて俺を襲う。あまりにも寒かったので、身震いをせざるを得なかった。


 そんな中、毛布を剥いだその少女に俺は言葉を放つ。


「……んだよ。ミユキ。まだあと5分は寝かせてくれよ」


「いやいや! さっきからもう10分はあなたを起こすのに必死になってるんですけど!」


 この少女の名は宮島 ミユキ。俺の幼馴染である。


 昔から知り合っているというのもあり、俺のことを起こしに来るのが毎日である。


 ……正直、やめてほしいのが本音である。……なぜなら……。


「大丈夫だっての……5分経ったら起きっから、心配すんな」


「……本当? うっかり寝ないでよね? 私、今日は日直だから、先行くよ」


「……ういっす」


 そう言うと、彼女は部屋から出ていく。


 俺は依然として毛布を剥がれたまま、ベッドの上で横になっていた。


「……ちっ」


 俺はミユキのことが好きである。


 その時は変なプライドが働いていたのか、素直にミユキの言うことを聞くのが嫌だったのだ。


「はあ」


 朝からミユキの顔を見て気が引き締まり、眠気が吹っ飛ぶのも事実である。本当に……毎日、ミユキが部屋に来ることを許す両親には、してやられたと言っていいだろう。


「……起きるか」



*****************************



 それからの通学路の出来事だった。


「……ん?」


 とある交差点での出来事だった。


 目の前を重い荷物を持った老人が歩いていた。その横を黒髪ですらりとした体型の女子高生が通りすぎていく。


――なんだ? お婆ちゃんが困ってるのに……思いやりの無いやつだな……――


 その女子高生というのも見ない制服を着ていた。


 妙に気がかりで、彼女の顔を覗こうとする。


 ふと、その時だった。


「……えっ」


 先ほどの老人に、交差点を曲がったトラックが突っ込もうとしていたのは。


「ちくしょお!」


 おそらくトラックの運転手は下が見えてなくて、背の低い老人がいることに気がつかなかったのだろう。


 慌てて、俺はバッグを後ろに放り投げ、老人の方に走った。


「お婆ちゃん! 危ない!」


 人生で一番を争うほど速く走った。その老人を抱え、一気に信号の奥へ飛び込む。


「……ひっ」


 足の爪先がトラックの角に擦れるのを感じた。


 地面にぶつかり、老人の持っていた荷物が散乱した。しかし、冷や汗をかきながらも、老人を無事助けることに成功した。


「……っと、お婆ちゃん大丈夫か!? ごめんよ。荷物バラバラにしちまって!」


「いやあ、ありがとうねえ」


 ふと、俺は立ち上がるやいなや、あるものを目にした。


「……ん?」


 それはさっきの女子高生が遠くに走っていく姿だった。


「……なんだ? あいつ。変なやつだな」


――老人が事故に巻き込まれそうだったってのに、走っていくなんて――


「あのお」


 すると、さっき助けた老人が話しかけてくる。


「どうした? お婆ちゃん。まだ何か困ってんのか?」


「わしゃあ、男だよ」


「……ん?」


「男。つまりはジジイだよ」


 その時の衝撃的な事実のせいで、その女子高生のことが頭から吹っ飛んだのを覚えている。



*****************************



「……ふう。間に合った」


 先ほどの老人を家まで送り届けた後、俺は走って学校までやってきた。


 教室に入るとすぐに俺は席につき、ぐったりと体を前に倒す。


 朝からとんでもない疲労が溜まり、妙に体がダルかったのだ。


「よお、ハヤト。今日もミユキちゃんに起こしてもらったんじゃないのか? まったく羨ましいなあ」


「うっせえよ、ショウタ。てか、てめえは彼女持ちだろうが」


 気軽に話しかけてくるこの男は田中 ショウタ。このクラスになってから、よく喋るようになった友達である。


 まあ、そんな明るい性格のこいつだからか、わりと女子にはモテる。彼女もいるので、俺の恋愛相談にもよく乗ってくれる。


「んで? どこまで進んでんの?」


「…………」


「ほう。幼馴染なのにも関わらず、まだ手も繋げないと……」


「さりげに心読み取ってくるのやめてもらえる?」


 実際、手を繋ぐことさえできないのは事実であるため、それ以上は何も言えなかった。


 ……というのも、今まで幼馴染だったのに突然俺がミユキと恋愛関係に至るという想像ができないのである。


 だから……うまく行動が……。


「…………」


 いや、違う。


 きっと、今の関係も俺にとってとてつもなく大事なものなのだ。今の何気ないこの関係も……。


「まあ、そう早まることも無いと思うぜ」


「…………」


 ショウタはなんとなく慰めるかのように、そんなことを言う。


「さて、俺はそろそろ席に戻るぜ。ホームルームが始まるからな」


「……あいよ」


 戻っていくショウタに向かって手を振る。そして、俺は窓の外をボーっと眺めていた。


 なんとなく……悩んでいた。ショウタはああ言ってくれたけれど、そろそろ自分の中で気持ちに整理をつけたかった。


 今の関係を大事にするのか、それとも……。


「おーい。お前ら、席につけー」


 担任が教室中に呼びかけ、ホームルームが始まる。


「いいかー。今日は転校生がいる。お前ら、ちゃんと仲良くしてやれよー」


『転校生』というワードを聞いた瞬間、クラスメイトたちはザワザワと話し始める。


 なんとなく嬉しそうである。やはり転校生が来るのは嬉しいことなのだろう。


 いつもの俺だって、そのことは喜んでいたに違いない。ただ、今は少し、その喜びが鬱陶しく感じていた。


 とはいえ……それは俺の気持ちの問題である。今は、その悩みを心の片隅に置いておき、この状況を喜ぼう。


 そう……決心した時のことだった。


「失礼します」


 彼女が教室に入ってきた。その長い黒髪を持って。


 教卓の前に立ち、心無しか小さい文字で名前を書き始める。


姫川(ひめかわ) ウラです。よろしくお願いします」


 何事もなく、平凡な日々。


 そんな俺の人生が彼女と会うことで終焉を迎えることを……。


「姫川……ウラ?」


 この時の俺はまだ知らない。

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