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序章
「振り返ってみれば、つまらない人生であった。この世に生を受けてはや数十年。少しでも自分の意思を表示したことはあっただろうか。志を持ったことはあっただろうか。親の影に畏れをなして清く正しく生きようとした結果がこのような有様である。心の奥底にアイデンティティなるものを封じ込め、ロボットのような人生を送ってきたのだ。所詮、私は量産型の人間に過ぎない。スペアはいくらでもいる。ここまでゴタゴタと愚痴を並べ、現状の改善する勇気と行動力さえ持たず、ひたすらに現実から逃避しているだけだ。私には頼るべき友も、守るべきものもない。社会に溶け込んでいるように見えて実際は、隔絶されているのである」。
孝明はペンを置いた。実に酷い文章である。〆切が近づいているというのに全くアイデアが湧いてこない。作家として二十数年活動してきたが、ここまで浮かばないことは初めてのことだ。今日は辞めだ。そう言って孝明は書斎から出ていった。