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6 伯爵邸

「ようこそお越しくださいました、アイザック殿下。」

作戦決行日、リアンはアイザックに成りすまし、ブルック伯爵邸を訪問していた。

アイザックがブルック伯爵と交渉し、この場を用意したのだ。


「急に悪かった。王都で最も治水に詳しいブルック伯爵に教えを請おうと思ってね。」

アイザックを意識し、柔和な態度で対応した。


「いえいえ。アイザック殿下にお越し頂けるなんて、光栄なことです。」


 悪くない感触だ。

もともとブルック伯爵は、王位継承争いにそれほど関わっていない。

王位継承争いに加担した場合、支持した王子以外が国王になると不利な立場に追いやられてしまう。

そんな諸刃の剣であるため、中立の立場をとる者も少なくないのだ。

当たり障りのない範囲でアイザックに恩を売っておき、国王になった暁には便宜を図ってもらおうという考えなのだろう。


 ブルック伯爵に案内され、リアンは客間に通された。

青を基調とした豪華なつくりの部屋だった。

ソファに腰を下ろすと、適度な柔らかさのクッションに包み込まれた。

連れてきたアイザックの従者は、客間の前に待機させている。


「お茶の用意をさせるので、しばらくお待ちください。」

伯爵はそう言って、メイドに指示を出しに向かった。

リアンはその後姿を見送る。


 ふくよかな体型に柔和な表情。

一見、悪事を考えるような人物には見えないが、鮮やかな青い瞳は隙なくこちらの出方を窺っていた。

この機に第一王子を見極めようとしているのだろうか。

それにあれは……

リアンは思わず表情を歪めた。


 視線の先では、水に沈められたエターナルブレイズが照明の役割を果たしていた。

水の中で淡く輝くエターナルブレイズは美しい。

しかし、エムレーア王国の象徴であるエターナルブレイズを水に沈める者はこの国にどれくらいいるだろうか。

他の弟王子がこの光景を見たら、ブルック伯爵を即刻切り捨ててしまう可能性すらある。

やはり黒だな。


 この屋敷に入って数分。

そろそろ兵たちが伯爵邸の出入り口を全て押さえていることだろう。

ここで時間をつぶす必要はない。



「おまたせしました。それでは治水についてのお話をさせて頂きます。」

メイドに指示を出し終わった伯爵が戻ってきた。

腕にはいくつかの治水に関する資料を抱えている。


「いや、その必要はない。それよりも聞きたいことがある。ブルック伯爵は『神の薬』をご存じだろうか。」

そう言った瞬間、伯爵の体が一瞬こわばったのをリアンは見逃さなかった。

資料を持つ手に力が入ったのか、シワが寄ってしまっている。


「最近、王都で出回っている悪い薬のことですな。王宮でも話題になっております。それがどうかされましたか?」

素直に答える気はないようだ。

少し間をおいて、伯爵が答えた。


「惚ける必要はない。既にその薬がこの屋敷から出回っている情報はつかんでいるからね。今頃、私の兵たちがこの屋敷を取り囲んでいるのだから言い逃れはできない。」

実際には、薬がこの屋敷にあるか確認できていないが鎌をかけた。

それを聞いた伯爵は黙り込んでしまう。


「この屋敷に闇商人たちが出入りしていることも把握している。すぐに白状すれば、多少の恩赦は図ってあげよう。」

さあ、というようにリアンは両腕を広げた。

緊迫した場面だというのに、顔に浮かべるのはいつもの微笑みだった。

リアンから見たアイザックの表情はいつもこうであるため、影武者を務める時も自然と同じ表情を浮かべることが多い。


 それに反比例するように伯爵の顔は険しくなっていく。

考え込んでいるのか、視線が上に向けられていた。

しかし、それは暫し間のこと。

伯爵は表情を崩して冷笑を浮かべ、壁際にあった石に触れた。

石は青く光り出す。


「いつも穏やかなあなたが、このような強硬手段に出られるとは思わなかったので油断しました。最近、この屋敷を嗅ぎまわっていた鼠もあなたの差し金ですか。」


「ええ。私には優秀な部下がたくさんいますから。」


「しかし、まだまだ詰めが甘いようだ。」

伯爵が言い放つと、扉の外から屋敷の兵たちが雪崩れ込んできた。

先程、石に触れた時に兵を呼んだのだろう。

いつか出会った偽シスターも剣を持って伯爵の前に立ちはだかっている。

扉の外にちらっと目を向けると、待機させていた従者が血を流して倒れていた。


「非公式で訪問したのが運の尽きでしたな。今ここであなたを殺してしまえば証拠はなくなってしまう。王位継承争い真最中の今の王国なら、いくらでも言い逃れできましょう。」


「なるほど、そう来るか。では最後に聞かせてもらえないだろうか?どうしてこんなことをしたのか。」

リアンが最も気になっていることだった。

伯爵の地位にあり、国家に影響力も持っているブルック伯爵に一体の何の目的があってこんな事をしているのか。

莫大なお金が流れているとは言っても、伯爵家がそれほど困窮しているという話は聞かない。


「……いいでしょう、冥途の土産にお教えします。」

ブルック伯爵は逡巡した後、そう答えた。


「この国を作り直すため、一度崩壊させたかった、それだけのことですよ。現在の王国は四大名家に支配されいて、他の家の者ではどれだけ優秀な力を持っていても王国の中枢には入り込めない。金も権力も全てがそこに集約されてしまう。それが嫌になったんです。」

確かに、国の宰相や主な大臣職などは全て四大名家出身の者が務めている。

リアン自身はあまり疑問に感じたことがなかったが、他の家のものからしたら不満もあるのだろうか。


「それならどうして王位継承争いに加担しなかった?まだ幼い弟王子たちに取り入り、その王子を国王にさせれば国を操れるでしょう。」


「生まれた環境だけで王子の地位にあり、それを笠に着て振る舞うあなたの弟君(おとうとぎみ)たちに従うのを私のプライドが許さなかったのですよ。」


「そうか。」


「しかし、あなたにならついても良かったと今少しだけ考えています。こんな所に単独で乗り込んでこられる王子はそういない。そんなあなたがここで死んでしまうのは残念ですがね。」


 話は終わりだとばかりにブルック伯爵が手を挙げると、兵たちが一斉に切りかかってきた。

こうなった場合、兄上からの指示はただ1つ。

屋敷の者たちを全て制圧すること。

ここで負けるわけにはいかない。

リアンは、上唇をペロリと舐め不敵に笑った。

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