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4 偽シスター

 アイザックの部屋を訪れた数日後。

フェンリーに手伝ってもらい、作戦決行の準備をしていた。

既に変装を終えたリアンは、姿鏡の前で最終チェックをしている。


「大変美しいです、リアン様。男性にしておくのがもったいないくらいですよ。」

リアンを完璧に仕立て上げられたと、フェンリーは上機嫌である。

それに比べて、鏡に映るリアンはむすっと膨れた顔をしていた。


「何だってこんなことを……。兄上の命令がなければ絶対にやらないのに。」

大層不満気である。


「そんな顔をしていては台無しですよ。さ、笑って。」


 声につられ、リアンはぎこちない笑顔を浮かべた。

鏡に映る、ひきつった笑顔の女性と目が合った。


 今日のリアンの格好は、少し裕福な家の町娘をイメージしている。

白っぽいワンピースに黒のカーディガン、そして低めのヒール。

厚めの化粧で顔立ちを隠し、瞳は薄っすら色のついた眼鏡で誤魔化した。

今のリアンを見て、第一王子を連想する者はいないだろう。

何とも言えない気分になり、ため息を吐いた。




 王宮から少し離れた丘に建つ教会。

そこで週に1度のミサが行われていた。

教会の席はほとんど埋まっており、参加者たちの前で神父が聖典を朗読している。


 影武者として参加したことはあったが、それ以外でミサに参加するのは初めてだ。

せっかくの機会だと、席に備え付けれらていた聖典を眺める。

神父が朗読しているのは、エレメンタルの起源についてだ。


 ――遥か昔、世界に滅亡の危機が訪れた時、空から4人の神が降りてきた。

神はそれぞれ炎、水、風、土の力を持っており、世界を救うために力を人々に分け与える。

人々は神の力を使い、世界を滅亡の危機から救うことに成功した。

その神の力こそ現在まで残っているエレメンタルである。


エムレーア王国民であれば、幼い頃から繰り返し聞かされている内容だ。

リアンも例に漏れず、乳母から聞かされていた。

真偽の程は確かでないが、広く国民に受け入れられている。



 リアンが聖典を眺めているうちに神父の朗読は終わり、本日のミサは終了した。

参加者たちは思い思いに席を立ち、教会から去っていく。

リアンもそれに倣い、備え付けの聖典を机に仕舞い席を立った。


 アイザックの情報によると、偽シスターが現れるのはこの後。

教会から出てくる参加者の中で、最も裕福そうな者に声をかけるそうだ。

今日の参加者を思い浮かべるが、リアンより上等な服を着た者はいなかったため問題ないだろう。

人の流れに紛れ、教会を後にした。




 教会から町の方向へ少し歩いた頃、こちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえた。

平静を装いつつ、後ろから近づいてくる気配を探る。


「すみません、お嬢様。少しお待ち頂けないでしょうか。」

……来た。

リアンは、その掛け声を聞いて振り返った。

黒の修道服を纏った女性が、こちらへ駆けてきていた。

20代前半くらいだろうか。純朴そうな女性だ。

とても、そんな危険な薬を広めようとしているようには見えない。


「私でしょうか。どうかされましたか?」

いつもよりも高めの声を出すよう心掛けた。


「先程のミサでお見掛けしたのですが、悩み事があるようお見受けしまして。ご迷惑とは思いつつ、声をかけさせて頂きました。これでも神に仕える身ですので、お力になれると思います。」

こちらを伺いつつ、偽シスターが言い切った。

まだ呼吸が整わないのか、肩で息をしている。


「悩み事……ですか。」

聖典を読んでいただけで、そんな素振りを見せた覚えはない。

こうして近づくのが、いつもの手口なのだろうか。


「はい、そうお見受けしました。私ではお力になれないでしょうか。」


「確かに悩み事はあるのですが……。家族間のことですので、いくら神の力でも解決して頂くのは難しいと思います。」

簡単に食いつき過ぎると怪しまれるので、一度引くような態度をとった。

それも偽シスターからすれば想定内だったのか、重ねるように声をかけられる。


「ですがお気持ちだけでも楽になるよう、お力添えすることはできます。」

そう言うと偽シスターはポケットから小瓶を取り出した。

思いの外強引に渡されたそれを、思わず受け取ってしまう。

アイザックの執務室で見た薬と同じ白い粉が少量入っていた。


「本当にお困りの方にしか渡していないので内密にして頂きたいのですが、これは『神の薬』です。スプーン1杯を紅茶などに入れて眠る前に飲むと、翌朝晴れやかな気分で目覚めることができます。お気持ちも少しは軽くなるかと。3回分入っているので、ぜひお試しください。」


「そこまで仰られるなら少しだけ……。お気遣い、ありがとうございます。」

リアンが告げると、偽シスターは逃げるように去って行った。


 今日は深追いしない。

偽シスターや闇商人を捕まえたところで、黒幕まで辿り着けないそうだ。

ここまでの流れは全てアイザックの指示通りであった。

仕事を全うできた事に満足し、王宮へ戻ることにした。

一刻も早く変装を解きたい。




 ――疲れた。

地下室にあるベッドの上で、リアンは脱力した。


 いつもと違う服装。

影武者としてでなく、変装での人との接触。

大したことはしていないと言うのに妙な疲労感を感じる。


 それにフェンリーの清々しいまでの笑顔。

思い出すと、少し腹立たしい気持ちになった。

他人事だと思って。

いつかフェンリーにもやってもらおう。


 しかし……

リアンはテーブルの上の小瓶に目を向けた。

偽シスターに手渡された例の薬だ。

さらさらとした白い粉で、先程蓋を開けてみたが匂いもなかった。

こんなもので、望んだ光景が見られるのか。


 今まで飲んだことのある毒薬は体調が悪くなるものばかりで、進んで飲みたいと思うようなものはなかった。

だからこそ、そんな効用の薬に興味を惹かれる。


 少しだけなら良いだろうか。

リアンは小瓶を手に取り、蓋に手をかける。

毒に慣れたこの身体なら、多少飲んだところでどうにかなることはないだろう。

たったのスプーン1杯……



 ――コン、コン

そんな思考に沈んでいた時だった。

扉を叩く音で我に返った。


「リアン様、アイザック様がお呼びです。実務室へお行きください。」

扉の外からフェンリーの声が聞こえる。

アイザックに呼ばれているようだ。

おそらく今日のことたろう。


「分かった。すぐ行くと伝えてくれ。」

そう伝えると、フェンリーは了承の返事をして去っていった。

僕も行こうか。

手にとっていた小瓶と共にベッドから立ち上がり、先日辿った通路でアイザックの執務室へ向かった。




「なるほどね。大方、こちらの予想通りだ。」

リアンは今日の出来事をアイザックへ事細かに説明した。

ほとんどがアイザックから聞いた想定と一致していたが、これはいつも通りだ。

影武者を務める時も大半はアイザックの想定通りに事が進むため、リアンはいつも言われるがままに行動している。


「はい。偽シスターもあっさりと薬を渡してきました。」

今日手に入れた小瓶をアイザックへ手渡した。


「3回分か。そうだな、次に教会に行くのは2週間後にしようか。今日と同じミサの日。そこで闇商人に接触してもらおう。」


「2週間後ですね。分かりました。接触してからどうすれば良いでしょう。」


 その後、アイザックから当日の動きや、問題が発生した時の対応方法を説明された。

リアンは聞いた内容を頭に叩き込む。

国家行事や、しきたりの多い神事に比べれば、これくらいは簡単だ。



「了解しました。兄上のお望み通り動いてみせます。」

一通りの説明を聞き、リアンは了承の意を示す。


「ああ。頼んだよ。」

その様子を見たアイザックは満足気に微笑んだ。



「ところでリアン。その薬に興味があるようだね。飲んでみたいのか?」

アイザックには見透かされていたようだ。


「そう、ですね。正直に言えば興味があります。」

リアンは素直に答えた。

昔からアイザックに隠し事はできない。


「少しくらいなら飲んでも良いよ、と言いたい所だけどそれはやめた方がいい。」


「何故です。いつも飲んでいる毒とは違うのでしょうか。」


「普段飲ませている毒は、あくまで一時的なものだ。その時をやり過ごせば問題ない。けれど、その薬は強い依存性を持っているからね。1度飲んでしまったら、ずっとその薬を求めるようになってしまう。」


「……。」

アイザックにそう言われては、無理して飲もうとは思わない。

それほど危険な薬だということだろう。


「そんな気を落とすな。リアンに廃人にはなってほしくないだけだ。」


「分かりました。兄上の言う通りにします。」


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