1 第一王子
煌びやかな宮殿の奥深く、地下回廊を歩く影が1つ。
知らずに入れば迷い込んでしまう回廊を、ためらう事なく進んでいく。
しばらく回廊を降りた先、仄かに光の漏れる扉に近づくと、男の姿が薄っすらと浮かび上がった。
スラっとした体躯の若い男が、白を基調とした衣装をゆったりと身にまとっている。
黒髪の間から、深紅の鮮やかな瞳が覗いていた。
端正な顔立ちは、どこか冷たさを感じさせる。
男が扉を開けると、室内に灯る<永遠の炎>の光が地下回廊に漏れ出した。
エターナルブレイズは国王だけが操れる特別な炎であり、次期国王に力を譲渡するまで決して消えないため、王宮をはじめとした主要な場所で灯りとして使われている。
「今戻りました、兄上。」
男は部屋を見渡し、目当ての人物を見つけると顔を綻ばせた。
「おかえり、リアン。今日の舞踏会はどうだった?」
声をかけられた男は、目を通していた書類から視線を上げた。
視線の先にある顔は瓜二つで、2人が双子であることを体現している。
兄アイザックはエムレーア王国の第一王子だ。
しかし出生前、時の預言者が「王家に生まれる双子が王国を2つに分かつ」と信託したために弟リアンは王子として認知されず、その存在は公表されていない。
普段は瓜二つな顔を活かしてアイザックの影武者を務めていた。
今日も影武者として、弟王子エリック主催の舞踏会に参加してきたばかりだ。
「兄上が気にするような問題は特になかったです。エリックも大人しいものでしたし。何を考えているのか僕なんかでは量り兼ねますが。」
リアンは肩をすくめた。
幼い頃から帝王学を学び、陰謀渦巻く国家の中枢で策略を巡らせてきた兄と違い、命令されたことを確実に実行することのみを求められてきたリアンでは、そこに謀略があったとしても推し量ることはできない。
「そう言うな。リアンだって頭は悪くないんだから、もう少し考える癖を持てば理解できるようになる。」
アイザックは、投げやりになるリアンに苦笑した。
エムレーア王国は現在、王位継承権争いの真最中だ。
王位に最も近いと言われているのが、第一王子アイザック=ブレイズ。
第一王子であること、そして能力の高さから支持する者が多いが、実母の生家の爵位が低いために後盾が弱く、皇太子の地位を確立できないでいた。
その隙をついて、弟エリックをはじめとした弟王子が皇太子に名乗りを上げたため、王家では覇権争いが繰り広げられている。
第一王子を亡き者にしようとする過激派がいるため、今日のように影武者であるリアンが駆り出されることも多い。
「そのような事は兄上が考えてくれるので大丈夫です。僕は兄上に言われたことをしますよ。僕は兄上の影ですから。」
にっこりと笑みを浮かべて答えた。
リアンにとって兄の命令は絶対だ。
「はぁ……。まあ、今はそれで良い。私は戻るとしよう。」
アイザックは苦笑しつつも、弟を説得するのは難しそうだと話を終わらせることにした。
目を通していた書類をまとめ、席を立つ。
「また影武者が必要であれば何時でもいらしてください。」
「ああ。王位継承争いが過激化しているから、近いうちに来ることになるだろう。」
アイザックが去った地下室には静寂が訪れた。
閉まる扉をしばらく眺め、リアンはため息をつく。
早く王位継承争いが終わってほしいとは思うが、そうなった時に自分の存在価値はあるのだろうか。
そんな不安が頭をよぎる。
……まあ、僕が考えても仕方ないな。
リアンは思考を放棄し、舞踏会用の華やかな衣装から就寝用の軽装に着替えた。
そしてベッドサイドにあった小瓶の中身を飲み干す。
舌が痺れるような感覚に顔をしかめるが、気にせずそのままベッドに潜り込めば、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
――コツン、コツン
地下回廊を歩く影が1つ。
アイザックは自室に戻るべく、リアンの歩いてきた道程を反対方向へ辿っていた。
先程リアンと話していた時の優し気な表情とは程遠い、冷めた表情を浮かべている。
今日エリックが手を出してこなかったということは、こちらの牽制がきいているのか。それとも他の計略があるのか。
何にせよ……最後に勝つのは私だ。
人物設定
◆リアン(21)
主人公。第一王子の双子の弟。
出生前、時の預言者から「王家に生まれる双子が王国を2つに分かつ」と信託されたことにより認知されなかった。
普段は、兄アイザックの影武者を務める。
◆アイザック=ブレイズ(21)
主人公の双子の兄。エムレーア王国の第一王子。
人当たりがよく、能力も高い理想的な王子だが、後盾の弱さから皇太子の地位を確立できていない。
ただの善人というわけではなさそうだが・・・。
◆エリック=ブレイズ(20)
エムレーア王国の第二王子。