[序章] 双子
激しい雨の降りしきる夜更け。
後宮奥深く位置する部屋には複数の人影があった。
部屋の中央には疲れきった、けれども満足気な表情を浮かべた女性が横たわっている。
傍らでは、取り上げられたばかりの赤子が産声を上げていた。
「よくやった、立派な男児だ。」
大柄な男は満面の笑みを浮かべ、横たわる女性をいたわった。
その様子に女性は安堵の表情を浮かべる。
まだ赤子の目はうっすらとしか開いていないが、赤い瞳は男を彷彿とさせた。
「陛下に似て、凛々しい顔つきをしていますわ。」
「いや、目以外はどちらかと言えば君に似ているな。将来はきっと美男子になるだろう。」
「まあ、陛下ったら。」
どちらともなく笑い合う。
まさに幸せの絶頂とでも言うべき瞬間だった。
――そう、この時までは。
束の間の幸せは、薄氷が割れるかの如く、脆く崩れ落ちてしまう。
女性は、腹部の痛みにうずくまった。
男が最も恐れていたことが起きようとしている。
何かの間違いであってくれ、神にすがる思いで願ったが、それが叶えられることはなかった。
先程の赤子と瓜二つの双子が生まれ落ちてしまったのだ。
『王家に生まれる双子が王国を2つに分かつ』
時の預言者の信託が頭をよぎった。
双子が産まれたことが露見すれば、2人の命はない。
そうであれば片方だけでも……。
震える体を抑え、後から産まれてきた赤子の首に手を伸ばした。
暑くもないのに全身から汗が流れ落ちる。
この手で首に触れさえすれば……
「やめてください!」
女性のつんざくような悲鳴に我に返った。
出産直後で動くのもつらいだろうに、必死に赤子に覆いかぶさっている。
「この子は私の子です! いくら陛下と言えど、そんな事は絶対にさせません。」
「しかし……これが露見すれば2人とも命はない。これしか方法はないんだ。そこをどいてくれ。」
「絶対に嫌です。この子を殺すと言うなら、私ごと殺してください。」
鬼気迫る表情に男はたじろいだ。
そんなこと出来るはずがない。
2人の視線が交差する。
――そして男は、覚悟を決めた。
振り上げた手で女性の後頭部付近に手刀を落とす。
「なぜ……」と口にし、女性は意識を失った。
悲し気に揺れていた瞳が、頭から離れない。
どれだけ恨まれても構わない。
この決断に後悔する日がくるかもしれない。
それでも私は――
宮殿の外では、双子の未来を暗示するかのように雨が降り続いていた。
雨脚はさらに強まり、雷鳴が轟く。
双子の運命は、今動き始めたばかり。