5.諸悪の根源は無邪気に笑う
駆ける!
駆ける!
駆ける!
スズカの足は止まらない!
いや止まれない!
何故なら薄暗く狭い通路を走っている彼の背後から身の丈の倍はある巨大鉄球が転がってきているわけで。
「いきなりこんな所で死んでたまるかー!」
「ほらほらーもっと早く走らないと潰されちゃうよー」
気の抜けそうな声が煽ってくるがここで力を抜いたら間違いなく死んでしまう。
「こんな展開になったのもお前のせいだろうがー!
責任取りやがれー!!」
そうこんなことになっているのも全ては煽り声の主、ツグミのせいだった。
スズカが鉄球から追いかけられる少し前に時間は遡る。
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閻魔大王より判決を言い渡され元の待合室に戻されはしたがスズカを縛る鎖がとかれることはなかった。
こんな状態ではどうすることもできないので、とりあえず異世界について妄想を膨らませてみる。
やはり舞台は異種族やモンスターがいるような冒険感に満ちた世界なのだろうか。
自分は魔法使いになるそうなので、RPGゲームによくあるようなローブを羽織って杖から魔法をぶっ放すような姿を思い浮かべてみる。
ちょっと気恥ずかしい気もするが、今までの世界とは違い異世界なのだから誰も気にしないだろう。
むしろ魔王を倒す勇者一行の魔法使い様なのだから皆の憧れになるのではないか。
そうなるとむこうの世界では女性との初体験も夢ではないものになるのではなかろうか。
こう考えていくととスズカの妄想はピンク色に変わっていく。
(よーし!だんだんわくわくしてきた!)
期待に胸を膨らませるというのは今のスズカにぴったりの言葉だ。
(一夫多妻制とかありなのか?英雄になれたらそれくらい出来そうだよな)
思えば前世?では彼女いない暦=年齢という寂しい生活だった。
誕生日、バレンタイン、クリスマス、世のリア充達が楽しむイベントは地獄の日々。
枕を涙で濡らして呪詛の念を呟くこともあった。
しかし、そんな人生もこれで最後だ。
「今までの自分にさよならだ!これから俺は素晴らしい未来を手に、、」
突然扉がいきおいよく開かれた。
「さぁ異世界冒険へと参りましょうか!!!」
乱入者は声を張り上げ部屋へと入ってきた。
柊と同じような着物を着ているから獄卒なのだろうが背が低くどうみても子供だ。
「あれ?リアクション薄いですね?
あなたの相棒が到着したんですよ?」
突然あらわれた着物姿の少女が相棒だとか言っているが。
「いきなりなんでこんな子供が、、、
しかも相棒って言った?」
(まさかこんな子供が閻魔の言っていた供じゃないだろうな)
「子供とは失礼しちゃいますねー。
これでもアナタの何倍も生きているんですけど。
見た目については小鬼という種族だから仕方ないんです。」
自身のことを鬼だと豪語した少女は額の髪を掻き分け小さく光るツノを見せる。
「この立派なツノで信じてもらえました?私はツグミと申します。
これからよろしくお願いしますね。」
ツグミはスズカの身体を縛り付けていた鎖の束を簡単に引きちぎってみせた。
(俺が必死に暴れてもびくともしない鎖だったのに。
この腕力はたしかに普通じゃないな。)
自分が魔法使いで遠距離タイプになるならこれだけの腕力持ちは近接壁役として役に立ちそうなのだが。
しかしこんな幼そうな少女に大の男が守られる光景というのは、、、
(うん、早めに屈強な戦士でも仲間にすることにしよう。)
「えっと、こちらこそよろしく。俺の名は立花スズカ。」
ようやくイスから解放されガチガチに強張った体をほぐしながら挨拶を返す。
「それじゃあ、早速転生と逝きましょう!」
ツグミに手を掴まれぐいぐいと引っ張られていく。
「え?もうそんないきなり転生とかできるもんなの?」
「転生なんてのはその世界に繋がるゲートをくぐるだけの簡単な作業なんですよ?
本来だったらは転生を許される前に罪の清算が必要なのでそちらが大変なんですけどねー。
大王様の話ではアナタの場合はすぐに転生していいそうなんで。」
面倒なのでこうなった原因がツグミ自身にあることは隠しておこうという魂胆で話を進める。
何も知らないふりをして優秀な助っ人を演じ、役目を果たした颯爽と黄泉に帰ってくるそれが望み。
自身のせいでこんな事態になってしまい多少の罪悪感は感じるが、この人には転生先で幸せになってもらうということで許してもらうことにしよう。
「さぁこちらでちゃちゃっと転生できますよ!」
半ば強引にツグミに連れてこられた扉の先には切り立った崖があり、下のほうから白い煙がもくもくと立ち上っている。
「えっと、ゲートなんてどこにあるの?」
崖と煙の他には特に何もなさそうなのだが。
「もちろんこの下ですよ?」
ツグミが指差しているのは崖下なのだが。
恐る恐る崖下をのぞいてみると、むせかえるような蒸気の下に溶岩のようなものが煮えたぎった鉄釜が見える。
「この下って言われても地獄を象徴するようなとんでもないモノしか見えないのだが。」
「それがゲートですよ?さぁどぼんと逝ってくださいな。」
「いやいやあんなのいけるわけないだ、、ろ!?」
最後まで言う前にスズカの身体は宙に浮き鉄釜へと一直線に落ちていく。
あれこれ言い出すのを予想したツグミがスズカの背をとんっと押したのだ。
絶叫とともに落ち、どぽんと音を立てて沈んでいくスズカを眺めてツグミも飛び降りる。
鍋に着水する瞬間、ゲートをくぐる刹那、蒸気に覆われていたせいで見えなかったタテ看板がツグミの視界に入った。
※イウロメーツゲート移動のお知らせ
こちらはニライカナンのゲートになっております
くれぐれも間違って使用することなきようお気をつけてください
誰が置いたのかこんな見えにくい場所にとりかえしのつかない言葉が綴ってあるではないか。
「しまっ!!まちがえ、、、、」
釜の底に沈んでく二人の身をなんとかしようともがくがすぐに意識が溶け出し何もわからなくなってしまった。
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「なんでまた土壁の中なんだよ。」
ツグミによって煮えたぎる鍋に叩き落され転生が済んだらしいスズカは、目が覚めると薄暗い洞窟の中にいた。
「あーたぶんあれだね。けっこうランダムな場所に出るらしいからね。
いきなり海の中にとかよりはマシなんじゃないの。」
声の方向には小さい生き物が浮いていた。
姿形は人に似ているが、耳の先は長くとがっておりその瞳にて不思議な深みがある。
身にまとっているのは薄い羽衣のようなものだけだ。
もちろん大事なところは見えそうで見えない。
「ぼーっとした顔してどうしたの?
ゲートで脳まで溶かされてダメになった?」
ふわりと近づいてきたそれはスズカの頭をノックするようにコンコンと叩いた。
「なんでゲートのことをって、、ん?
もしかしてツグミなのか?」
「そだよー。どうやら別の種族で転生させられたみたいで姿変わっちゃったんだよね~
でもスズカも別人みたいになってるけど?」
「え!?そうなのか!?」
こんな薄暗い洞窟の中では自身の姿を確認しようがないため全くわからなかった。
「外に出たら確認してみたらいいんじゃない?
でも外ってどっちかな?」
右を見ても左を見ても洞窟の先は見えそうにない。
「ん~なんだかなぁ風の流れっていうのかな?
そんな感じの流れがそっちの方から来ている感じがするんだよね~」
出口の道もわかりそうに無いし、まずはツグミの言う方向に進んでみることにした。
「なぁここってもう異世界ってことでいいんだよな?
ということであれば俺はもう魔法使いになれたのか?」
「え?あー、うん。
異世界であることは間違いないとは思うんだけどー」
「そうか。魔法ってどうやって使うもんなのかな。」
腕を振りかざしてみたりするが何か起きそうな気配は無い。
「ちょっ、ちょっと!
こんな狭い場所で魔法なんて使って天井が崩れたりしたらどうするのよ。」
そもそも魔法の発動すらしていないのだが急に焦り出すツグミ。
言われてみればたしかに生き埋めになる可能性もあることに気づく。
せっかく生き返ることができたのにいきなり死んでたら話にならない。
軽率な行動は控えるべきだな。
「それもそうだな、とりあえずは大人しく進んでみるしかないのか。」
「そ、そうだよ。
あれ?これ何かな?レバー?」
ここまで歩いてきて何もなかった洞窟の壁だったが、途中にあからさまなレバーがある。
(こんなのトラップ以外の何者でもないと思うのだが、)
「ここは軽はずみな行動はせずにだな、、、」
がこん。
「ん?何?」
小さい身体を駆使して全力でレバーを引くツグミ。
「つぐみちゃーん!?何してんの!?
どうみてもトラップの雰囲気全開だろソレ!!」
「え??
レバーがあれば引くでしょモチロン??
もしこれがボタンであっても押すわよワタシ??」
この後の展開ときたら洞窟探検ものでお馴染みの巨大球体に追いかけ回されるといったものだった。
久しぶりに全力で走ることになった。
むしろ命がけで走ることになったのは初めての経験だ。
途中で脇道を見つけ、そこに逃れたためぺしゃんこになることを避けることができたので良かったが。
「ま、まじで死ぬかと思ったわ。」
「いやぁまさかこんな古典的な罠があるとはねぇ。
大変だったね~」
「誰のせいだと思ってんだよ。」
「それは罠を作った人のせいじゃないの?」
不思議そうに首をかしげるツグミの思わぬ言葉に反論する意思を失う。
(閻魔大王よ、あなたはなんて奴を憑けてくれやがったんだよ、、、、)
「さぁさぁ気を取り直して外を目指しましょう!」
ツグミに先導され不安を覚えながらも出口を目指して進んでいく。
転生してハーレムでも築こうかと簡単に考えていたのだが、これはどうも大変な予感を感じるスズカであった。