3.事件は知らない場所で勝手に起きる(3)
死後の世界。
柊から伝えられた言葉を理解しようとしてみるが、夢だと考えているスズカにはいまいちピンとこない。
そもそも死んだ記憶がないのだから理解できるはずも無い。
(うん、やっぱり夢だろこれ。)
突拍子も無いことが起きていくので夢だと思う。それも当然だろう。
何より考える必要もない簡単な結論なのでこの方が楽で落ち着き易い。
そうと決めてしまえばあとは行動あるのみ。
「柊さん案内お願いします!」
差し出された手を握り素直に案内されることにした。
「普通だったら皆さんもっと動揺したり騒ぎ出したりで大変なのですが、立花さんは落ち着いてらっしゃいますね」
「夢の中の出来事でいちいち騒ぎ出す年齢でもないですからね。
それに柊さんみたいな美人さんに案内されるなら嬉しいもんですよ」
「亡者が鬼人を口説くなんて聞いたことないですよ。
衆合地獄に落とされても知りませんからね」
微かにだが柊の頬に赤みが差している。
(着物美人の頬が赤く染まるって色っぽいよなー。鬼らしいけど )
柊の額に光るツノを眺める。ちょっと触ってみようかと手を伸ばそうとした時、柊が急に立ち止まった。
「ご、ごめんなさい!やっぱりツノに触るのはマズかったですか!?」
慌てて伸ばしていたを引っ込める。
「ツノ?何の話をしていますか?
そんなことより到着しましたよ」
案内先というのは先ほどの真っ赤な大御殿だった。
近くまで来てみてわかったが城ほどの大きさはある。
夢とはいえこれだけの建造物を思い描いた自身のインスピレーションに感心する。
「こちらは閻魔御殿でございます。
立花さんには今から閻魔大王様のもとで死後の裁判を受けていただくことになっております」
先ほどからの会話の流れでなんとなく察しはついていたので驚きはあまりない。
「死後の裁判っていうと天国or地獄行きを決めたりするってやつですよね?」
「そうですね。地獄行きの場合であれば複数ある処地のどれになるかを決めたりもされますよ」
御殿の中を連れられていく最中に柊は色々と説明してくれる。
「他にも軽い刑で地獄行きとまでいかない方であれば舌を抜かれる程度の罰で済み、その後は天国に行けたりもしますね。
複数の罪がある方の場合だと罪の数だけ処地を周ることになります」
中を進んでいくにつれ柊と同じような着物を着た鬼にすれ違うことが多くなってくる。
柊の話だとこれらの鬼達は鬼人族というらしく獄卒として閻魔大王のサポートをおこなっているらしい。
死者の数だけ仕事が増えていくためなかなか忙しいらしく、御殿内の獄卒はせわしなさそうだ。
長い廊下を抜け一つの部屋の中に入る。
こじんまりとした部屋の中心にはイスが一つ置いてある。
「そちらの椅子におかけになってお待ちください」
そう言うと柊はそそくさと部屋を出て扉を閉める。
スズカは言われた通りに椅子に座わる。
するとどこからともなく鎖が飛んできて椅子ごとスズカを縛りつけてしまい身動きがとれなくなった。
「ちょっ何だこれ!?
しばられたい願望なんてあったのか俺は!?」
自身の夢だと信じているスズカは潜在意識下にある自身の性癖があらわになったのではないかと戸惑う。
「柊さーん!ちょっと助けてくださーい!!」
柊の出て行った扉に向けて叫んでみるが反応はない。
「ん?何だ?」
扉がだんだん遠くなっていってる気がする。
というよりはイスが高くなっていき扉から離れていっている。
スズカが座っているイスは天井にあいている穴に向かって上昇していた。
そして天井を抜けた先の空間で停止した。
「なんだこのムダに広い部屋は?」
部屋には円卓があり先ほどの穴はこの中心に繋がっていたようで円卓の中心でスズカは拘束されている。
眼前には真っ赤な布が視界いっぱいに広がっており、鎖のせいであまり周りを見渡せなかったが遠くの方に扉を確認できた。
「立花スズカで間違いないか?」
どこからともなく声が聞こえる。
思ったより近くから聞こえた気がするが、確認できる範囲では誰も見当たらない。
「もしかしてその赤い布の裏側とか?」
「あながち間違いではないが、そうではない。
もっと上だ。」
「上?なにいってん、、、
はぁぁああ!?!?!?」
スズカが見上げた先、赤い布の上にはバカでかい男の顔がのっていた。
そもそもの認識が間違っていたことに気づいた。
目の前の布はこの赤ら顔の巨人の衣服だったのだ。
よく見ると円卓の前は崖のように切り立っており、そこにこの大男が立っておりスズカを見下ろしていた。
「もう一度、問おう。
お前が立花スズカで間違いないか?」
「え、、あ、、はい。」
大男の姿だけでなく、その巨躯から放たれている威厳あふれるオーラに圧倒されかすれたような小声しか出ない。
しかし、大男はそんな声でも聞き取れたらしく頷いていた。
「それではこれより立花スズカの死後の裁判を始める!」
スズカは巨大な木槌が振り下ろされてく様をぼんやりと眺めながら言葉の意味を咀嚼する。
(死後?裁判?俺は何の夢を見ている??)
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ。これって夢じゃないのか?
死後とか言われても俺には死んだ記憶なんてないぞ?」
「む?記憶が混乱しておるのか?
亡くなった際の記憶がない者は面倒だというのに。」
大男が巨大な手を二度叩くと、これまた巨大な巻物が飛んできた。
巻物の背にはスズカの名が書いてあった。
「この巻物には名が示してある人物の生涯に渡る記録がつけてある。
そう生まれてから死ぬまでの記録がだ。」
スズカの人生が書き綴ってあると言われる巻物が読み進められていく。
しかし、次第に大男の赤ら顔がこれでもかというくらいに真っ赤になっていく。
こめかみの血管はぴくぴくと脈打ち、しかめられた眉と荒い息遣いが憤怒の様を醸し出している。
(俺の人生の何がこの巨人をここまで怒らせているというのだ)
いつ爆発するかわからない地雷を踏む恐怖はあったが、むしろそこに何があるのかの興味のほうが勝ってしまう。
「あの、いったい何が書いてあったんですか?」
つい敬語になってしまった。
巻物を読んでいて血走った目がスズカへと向けられる。
「結論から言ってしまおう。
お前の死因は老衰となっておる。」
「はぁ??何を言ってるんですか?
俺はまだ29才ですよ?老衰だんて。」
「それは少し違っておる。
厳密には30の歳を迎えたその日に寿命をむかえておるようだ。」
「いやこのさい一つくらい年齢がどうとかはいいんですが、何故そんなに早く寿命が尽きてるんですか。」
「お前にとって年齢というのはこの場合とても大事になってくるのだがな。
寿命については、、、その話はまた後にする。
まずは裁判による判決が先だ。」
「いや待って下さいよ!俺には大事な問題だって!
ん?裁判?」
(そういえばさきほど、柊さんが何か言っていたな。
たしか、閻魔大王のもとで死後の裁判を受けてもらうとかなんとか。)
「もしかすると、、あなたは閻魔大王、、??」
「無論だ。迎えの獄卒から話を聞いてないのか。」
閻魔大王は頷いてみせた。
夢だとしか思っていなかったスズカは柊の話をそれほど真剣に聞いてはいなかった。
「こんなわけがわからない展開が続いては夢だと思うでしょう。
それに頬をつねたりしても痛みを感じなかったし。」
「そういうことなら痛みを感じれば実感も湧くか?」
大王が円卓を指先で二度と叩いた。
スズカを縛っていた鎖が赤くなり熱は発しだした。
「あっつ!」
鎖はすぐに元の冷たい金属に戻ったが熱せられた皮膚は軽い火傷を負い痛みを感じる。
「なんで今は痛みを感じるんだよ。」
「亡者の身体というのは地獄の器物でしか痛みを与えられないようになっておる。
天界行きになるような者もいるものでな。
罪のないものに間単に痛みを与えるわけにもいかないのだ。」
(これが現実だと、、
俺は死んでしまっているのか、、、)
簡単に認められるはずもない事実だが、火傷の痛みがスズカにこれが現実だと教えてくれている。
「ようやく理解してくれたようだな。
では、これより閻魔の名の下に立花スズカの裁きを始める!」
巨大な身体から発せられた声にスズカは萎縮する。
「ふむ、この人生誌では地獄で裁きを与えるほどの罪はないな。
これなら舌を抜く程度で天界行きにもできるのだが、、、」
さきほどのスズカの名が書いてある巻物を再び見返している。
自分の歩んできた人生を読み解かれているというのがなんとも恥ずかしい。
「自分で言うのもなんですが、誠実には生きてきたつもりなんで万引きすらしたことないですよ。」
「そのようだな。
普通であれば天界行きでもなんら問題ない」
(なんだか奥歯にものがはさまったような言い方するな?)
「残念ながらこれは地獄行きだな。
一点だけ問題があるのだ。」
閻魔大王はスズカに読めるように巻物をひるがえし、問題の箇所とやらを指差す。
そこには短い一文が書いてあるだけだった。
「まてまてまて!
なんでこれで地獄落ちなんだよ!?
むしろ余計なことしてない綺麗なやつなんじゃないの!
わけわかんないから!」
なんとか抗議してやろうと暴れるがやはり鎖は微動だにしない。
「ありえないって!
それが罪とか聞いたことないから!」
「残念ながらそれが決まりなのだ。
珍しい例ではあるが前例がないわけではない。」
閻魔大王は木槌を振りかざす。
「立花スズカの判決は賽の河原行きとする!!」
そして勢いよく打ち下ろした。
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立花スズカ
性別男性
享年30才
死因は寿命をむかえたことによる老衰
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特記項目:女性経験なし(童貞)
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